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再会できたら

話せば話すほど、変な人だなと思っていた。
勿論、誰ひとりとして自分と全く同じ価値観の人なんていないし、価値観が似ている人だってそう沢山いるものではないことは重々承知している。
だから”この人は自分とは違うな”と思うのは自然なことだ。
それでも彼は「自分とは違うな」を優に超えていたし、自分の変わっているところを恥ずかしげもなく丸出しにしているところに私は好感を持った。

頼もしいビジネスマンでありながら、少年のように純粋で、凝り性で、正直。
話していて首を傾げることは数あれど、思ってもいない事は口にしない人なのだろうなという事が伝わってくる。
仕事や家族への強い愛情も伝わってくる。
変わってるけど信用できる人だ。
だから私も安心して心を開くことが出来たのだと思う。
子どもの頃から現在に至るまでの様々な出来事や感じたこと、沢山の事を話した。

彼は私にとってどういう存在か。
「相棒」と言うにはまだ遠いし、「友人」とも違う、「同僚」というのも近いようでしっくりこない。

仲間。

そうだ、「仲間」という言葉が一番しっくりくる。
そう思った時ふわりと温かいものがこみ上げた。
私にも仲間が出来たんだ。
一人で仕事をするようになって、「仲間ってどうやってできるんだっけ?」と思っていたけど、そうか、こうやってできるものなんだ。
必ずしも同じ組織にいなければならないというものでもないし、いつ何時も相談しあわなくてはいけないというものでもない。
新しい道を進もうと決めたばかりだった私の、心細くて不安で、でも小さな勇気を信じて頑張ってみたいという気持ちを深く理解してくれている。
そして一生懸命応援してくれている。
そのことだけで私にとってはもう充分「仲間」だった。
そして、彼のその応援の気持ちもまた恥ずかしげもなく丸出しだった。

そんな彼と一度だけワインを飲んだことがあった。
数人でワイワイとテーブルを囲む中で、その大きな体が申し訳ないとでも言いたげに、ちょこんと座って赤ワインを飲んでいた。
「味は全然分からないけど、飲むのは好きです」
彼はそんな風に言っていたように思う。

その日は私にとって大切な仕事が終わった日でもあり、大変さと満足感が入り混じる、生きていることを実感するような一日だった。
私は興奮していていくらでも飲めそうな気分だったけれど、彼の体調が良くないということを知っていたのであまり勧めなかった。
体調がよくなったら、心行くまで彼が飲みたいというものを飲もうと決めていた。

彼は今どこでどうしているのだろう。
そういえばあの日一緒にワインを飲んで以来会えていない。

ときどき無性に会いたくなる。
何があったわけでもないがふと心が弱くなる時だ。
こんな時彼ならなんと言うのかなぁと考えてみる。
きっと「頑張れ、大丈夫」と言ってくれる。
彼のあの独特な、変わった面白い表現でそう伝えてくれるような気がするから会いたくなるんだろう。

もし再会できたら、きっと彼は「赤ワインが飲みたい」というような、つかみどころのないことを言いそうな気がしている。
そして私はやや困るのだろう。
「赤ワイン」というだけではどんなワインを選んだら良いか焦点が絞れない。

「赤ワインが飲みたい」と言うであろう彼に、「まずはこれを飲んで欲しい」と私が差し出すのはマルセル・ダイスのゲヴェルツトラミネルだ。
申し訳ないが赤ワインではない。

要望に背いても出したいこのワインはフランス アルザス地方の白ワインだ。
「何かを良くしようと思ったら、それは愛によってのみ可能だ」
マルセル・ダイスは、自らの信念のもと個性的で革新的なワイン造りでアルザスワインの頂点に君臨するとまで言われる。

赤ワインが飲みたい、と言いそうな彼にはこのマルセル・ダイスの「ゲヴェルツトラミネル」をまずは一杯飲んでもらおう。
ゲヴェルツトラミネルというブドウ品種は薔薇やライチのような香りが特徴的で、酸は穏やか。ボリューム感のあるリッチなタイプの白ワインになる。

マルセル・ダイスのゲヴェルツトラミネルは一口含むとまず濃密なエネルギーの渦に巻き込まれる。
色とりどりの大きなブーケを目の前に差し出されたような圧倒的な存在感と華やかさ。
とろけるように甘やかな幸福感。
生命力あふれるワインだ。

これを飲んだら彼はきっと驚くだろう。そしてこのワインを気に入るに違いない。
私には何故か自信がある。
驚いた彼の、その大袈裟と言いたくなるような表情を想像するだけで笑いそうになる。
あの顔をさせることが出来れば大成功だ。

あぁ、会いたいなぁ。
しばらく会ってはいないが私にとっては今も変わらず仲間だ。
たまには励ましてほしい。
私のどうしようもないちっぽけな弱音を聞いたら、彼はなんと言うのだろう。

ときどき無性にそんなことを考えてしまう。

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