見出し画像

寒い渋谷

JR渋谷駅のホームから改札を抜けると、1月の乾いた寒気と緊張が一気に僕の全身を駆け巡った。
次に僕はリアルとフィクションが織りなすスクランブル交差点を通り抜けた。頭はぼーっとし、ここが現実なのかそれとも幻想なのか不確実になる。
哲学者のマルクスガブリエルはこの場を「資本主義の心臓」と表現した。巨大なスクリーンに映し出せれる映像、大音量で流れる音楽、他人の目を強烈に意識した人たち。この場で平静を保つことはできない。欲を金で満たすことができるのがこの世界のシステムであった。
僕はその破裂してしまいそうな緊張をまとい、クラブのエントランスへ向かった。そこに僕が本心から求めるものはないことなどわかっていた。しかし、表面的な欲求に抗えなかった。強烈に他人を求めてしまう。自分が他人にどういう影響を与えるか、たとえマイナスに左右しようとも、ただその跳ね返りがほしかった。それだけが自分が今ここに存在している唯一の確証になり得ると思った。

店内に入ると、既に多くの人で活気があり、多くの魅力的な女の子もいた。彼らはアルコールを飲み、連れと楽しく騒いでいる。だが、心の奥底では私と同様の満たされない違和感を抱いているのだろうとぼーっと考えた。
次の瞬間。この場の雰囲気を左右するほどの美女に目が止まった。全身の固まった緊張が急激に熱され、頭は冴え渡った。彼女はカウンターに1人で座り、既に何人かの男から話しかけられていた。その近くには順番待ちをするように何人もの男が様子を伺っていた。彼女は他者を拒絶するわけでなく、男のアプローチの仕方次第で受け入れると思った。ナンパを試みた男が去ったその瞬間、他の男が躊躇しているその瞬間、私は彼女の前方斜め前から近づき、話しかけた。
「お姉さん忙しいね。今度は俺と話さない?」と背筋を伸ばし張りのある声で我ながら完璧なアプローチだった。
「いいですよー。」と思いの外快活な声にいくらか安堵した。彼女は思った以上に酔ってきた。
「1人できたの?」「うん。さっきまで友達と飲んでいたんだけど、1人で来ちゃった。」
「いつもこんなに飲んでるの?」「ううん。今日は彼氏と別れて飲みすぎた。」
「そうなんだー。結構好きだったの?」「最初はね。でも途中からすごく束縛されてたの。それがここ1ヶ月すごいストレスでだったの。今はすごくスッキリしている。」
「じゃあお別れ記念でオレがご馳走するよ。」「いいの。ありがとう」
彼女が立ち上がるとそのスタイルの良さがあらわになった。タイトな黒のワンピースに赤のヒールを履き、僕たちの目線はほとんど変わらなかった。混雑したカウンターでドリンクを頼み、乾杯した。彼女は少し酔っていたので1つ空いたソファー席に座らせた。
「お別れと今日の出会いに祝して。」彼女は少しはに噛んで笑った。
「どういう仕事してるの?」「私はまだ学生だよ。」彼女の立ち振る舞いから20代中盤から後半を想像していた。
「今4年生でJALに内定をもらってるの。」彼女は得意げに話した。自分はそれだけの価値のある人なんだとアピールしているようにみえた。僕はそれをスルーし、
「大人びてるね。他の人とは少し違うと思って話しかけたんだ。」
「ありがとう。私実はラウンジで働いていたの。そこで経営者とかと接するうちにこういう所作や雰囲気が身に付いたのかも。」
「どうりでここにいる人たちじゃ物足りないわけだ。俺を除いてね。」
「なにそれすごい自信だね。」
彼女は僕の肩を笑って叩いた。
「自分への肯定が正当にできてるだけだよ。この場で圧倒的な美女と10分も会話できていることが証明でしょ。」
「それって私のこと褒めてる?」
彼女のうるっと期待を孕んだ目が僕を見つめた。
「いやオレがすごいってこと。ねー俺とここから抜け出さない。」
僕は確信をもって連れ出しを打診した。
「えっ、、まだお互いの名前も知らないのに。」
「俺はじゅん。君は?」
「私はゆりあ。」
「ゆりあちゃん、じゃあ行こっか。」
彼女の手を引っ張り、ソファから立たせ、出口へ向かった。彼女はロッカーから高級そうな毛皮のコートを出し、僕の腕に捕まった。
その一連の様子を周囲の男たちが凝視していた。妬みから驚嘆まで広いレンジの感情が私にぶつかってきた。彼女はこの場でそれほど目立つ存在だった。入店してからたった20分。私はこの場で圧倒的な美女を連れ出すことに成功した。出口で黒人のセキュリティーも驚いていたようにも思う。彼女のような皆から憧れる存在が自分を選んだ。つまり自分も同じように憧れるような特別な存在なのだと盲信し、先程の闘争への勝利を味わった。
外に出ると1月の渋谷はおそろしく冷たかった。もう少し違うシチュエーションで彼女を見たいと思い、
「ゆりあちゃんカラオケ好き?今から行かない?」「いいよ。私意外とうまいんだよ。」ちょうどクラブのすぐそばにカラオケがあった。会計を済ませボックスに入り、彼女からコートを受け取った。某有名ブランドの艶やかな甘い香りが僕を恍惚とさせた。
「何飲む?」「私ハイボール。」
「よくカラオケ行くの。」
「うん。歌うの好きだから1人でも行く。」と慣れた手つきで曲を入れた。
彼女が予想以上にうまかったので、少し聞き入ってしまった。ただ流行りの曲はなく、どこかおじさん好みの選曲だった。そこから彼女の日常の付き合っている相手が伺い知れた。
「ちょっと休憩。」彼女は酔っ払っていた。彼女が座って足を組むとワンピースの隙間から水色のパンツが見えた。僕は完全に興奮していたが、冷静さは保っていた。
「ゆりあちゃんほんとにスタイル良いね。」それは本心からだった。
「ありがとうモデルも少しやってたんだ。」そう彼女は得意げに言った。
「へーそうなんだー。」と僕が関心なく答えると、彼女は少しシュンとした。
「こっちにおいで。」と言うと彼女は苦笑いして僕の腕に抱きついた。そして彼女をソファーに押し倒しキスをした。
「ダメ」と力のない声が小さく漏れる。向かいの部屋では大学生の男女が飛び跳ねて騒いでいる。
「あっちからゆりあちゃんが丸見えだね。」「えーやだ。」
僕はゆりあの体をより激しく触れた。彼女の声がより大きくなりボックス内に響いた。タイトなワンピースをたくしあげ、水色のパンツを脱がした。彼女はたっぷりと濡れていた。僕は彼女の下半身に顔を埋めた。彼女の声が大きくなる。カラオケから適当な曲を入れ、彼女の声をかき消すように音量を上げた。
「ねぇ私もう我慢できない。ホテル行かない?」「行ってあげてもいいよ。」
完全にイニシアチブを握っているのは僕だった。
「お願い。ホテル行こ。」
「じゃ行くか。」
ゆりあが床に落ちたパンツをはこうとするのを見て、
「一旦俺が預かるよ。」
「えっ、、、」
「ホテルまで俺が持ってる。」「えっ、、、でも」
「じゃないと行かないよ。」
「うん、わかった。」
彼女のパンツを雑にカバンに入れ、カラオケを出た。
外に出ると1月の渋谷はおそろしく冷たかった。
シックな黒のワンピースに毛皮のコート、そしてノーパンの美女と手をつなぎ、ネオン街を歩いた。
「下からの風が入ってきて寒いよ。」と恥じらいながらうれしそうに僕に体を寄せた。
「本当にパンツ履かなかったんだ。変態じゃん。」「履くなって言ったんじゃん。」
大人っぽく洗練されている彼女は渋谷の真ん中でノーパンであり、そのパンツは僕が持っている。そのシチュエーションに僕は興奮した。道玄坂のホテルまでは歩いて10分ほどで着いた。南国テイストのホテルに入り、空きを待つため、ソファーで座った。その間何度も濃厚なキスを重ねた。5分後に優しそうなおばちゃんが部屋の準備ができたと教えてくれた。エレベーターで上がり、部屋の前につくと急に彼女が立ち止まり、真剣な表情で

「ねー待って。1ついい。結婚してないよね?」

さっきまでの変化に面食らったが
「してないよ。」と冷静を装って言うと、彼女は元の楽しい様子に戻り、2人で部屋に入った。おそらく経験からそう確認しているのだろう。
部屋に入った途端、彼女を押し倒し、服を脱がせた。彼女の体は白く均整が取れていて美しかった。
そして一緒に風呂に入り、ゆりあの髪や体を洗ってあげた。彼女はとても幸せそうだった。その様子に僕達は短期的な関係に終わっていいのかと考えた。そしてベットに戻り、愛し合った。そして一緒に寝ていると彼女が僕の手に下半身を擦り付けてきた。
「ねえもう一回しない?」
そして2回目が終わった。ゆりあは僕よりも行為がうまかった。これまで多くの猛者どもと対峙してきたのだろう。
そしてまたしばらく一緒に寝ていると、

「ねぇ抱きついて眠ってもいい?夜に押しつぶされそうなの。」

と弱々しく言い、僕に抱きながら静かに泣いた。
その理由はわからないし、聞くべきではないと思った。
僕はゆりあと刹那的な関係に留まるべきだと確信した。僕は彼女にとって彼氏と別れた日にナンパされてホテルで過ごした人。
ただそれだけでいい。
僕は泣いている彼女を強く抱きしめ、深い夜に吸い込まれる彼女の跡を追った。

私は変態です。変態であるがゆえ偏っています。偏っているため、あなたに不快な思いをさせるかもしれません。しかし、人は誰しも偏りを持っています。すると、あなたも変態と言えます。みんなが変態であると変態ではない人のみが変態となります。そう変態など存在しないのです。