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キャラコと桜餅と

※お立ち寄り時間…5分


些か眠ってしまっていたらしい。
つい10分ぐらいのことだった。ぽかぽかになった縁側で、うたた寝からうっすら目を開けると、キャラコの足袋と桜餅が縁側に置いてあった。まるで、きつねにつままれたよう、とはまさしくこのことである。
ちょうど来月に成人式があり、暇を持て余していたところだった。豪雪地帯に生まれた者にとって、1月に成人式をすることは、逆さまになってもありえない。ちなみに、私の友人は、もう21歳である。

「誰だろ…。棚からぼたもちだな。桜餅だけど。」
おそらく誰も聞いていないボケに自分で突っ込んでみる。薄いフィルムを剥がして食べようとすると、桜餅の下に薄い紫色の和紙が置いてあるのに気がついた。そこに並んだ端麗な文字を見た途端、勝手に体が動いていた。
きっと、置き主がここを立ち去ってからそんなに経っていないはずだ。間に合うかもしれない。一気に坂の下まで駆け降りる。さよならもなしに居なくなっちゃうなんてずるい。

「千紘…!!!」

古びた改札のない構内にいる後ろ姿に声をかける。昔から使っている黒いリュックが前を向いた。

「一葉。起きたんだ。おやつにと思ってたんだけど。」
「もう、意味分かんないよ。それに、キャラコの足袋も。」
「ああ。あれは、成人式だなと思ってさ。」

そう言って、目尻に皺を寄せる。年のわりに大人びた笑顔だ。末っ子で、みんなから甘やかされて育ったくせに、笑うと妙に大人びていて、いつも調子が狂う。今日もきっと、妹みたいに扱われるんだ。ずるい、ずるい、ずるい。

「すぐに追いつくから。」
「無理すんなって。気長に待ってるから。」

そう言って、千紘は、私の手のひらに銀色の髪飾りを握らせた。いつもみたいに、頭を手のひらでそっと撫でなかった。

「似合うぐらいになってろよ。」

真っ直ぐに言った。夕焼けで千紘の顔は見えなかった。やっぱり、ずるい。

銀色の髪飾りに満開に咲いた桜が反射する。綺麗な桜色だ。千紘を乗せた箱がゆっくりと、遠くの街へ動き出す。

「あーあ、行っちゃった。」

ほんの少しだけ、鼻の奥がつんとなる。涙腺がうるうると音をたてはじめる。まだ早いと上を向くと、どこからとなくポツンと雫が落ちてきた。

「晴れてるのに、どうして。」

絶妙なタイミングで降ってくるから思わず笑ってしまう。神様なんて居ないと思っていたけど、もしかしたら居るのかななんて気持ちになる。

「きつねの嫁入りだな。」

お天気雨の時に、よく千紘が言っていた台詞を思い出す。お天気雨は、きつねの涙なんだとも。どんな昔話だったか思い出せないけれど、きっと今の私と同じ気持ちだったはずだ。

「お天気雨だから、すぐにまた晴れるよね。」

キラキラと夕日に反射した雨が綺麗だ。
きっとこれは、恋とか愛とかそんな言葉じゃ足りないくらい、無様でみっともなくて、それでいて、晴天の空に雨を降らせるくらい真っ直ぐな気持ちなんだ。

遠くの街へ行ってしまった君から目がなかなか離せない。けれども、けれども。この大人びた髪飾りが似合うようになるまで、この気持ちは、私だけの秘事だ。

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