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ありふれた愛があふれて

「午後5時15分、現行犯逮捕だ。」
「違うんだ。俺は、ただ、食べ盛りの子どもに…。」
「話はいくらでも聞くからな。」
言い慣れすぎた台詞だ。言いすぎて今日は喉が痛い。特に月末の週末は、「つまみ食い犯」がわんさかいる。多くが、貧困を理由にやむを得ずしており、手錠をやせ細った青白い手首にかけるとき、救いようのない気持ちに襲われる。
今では、深刻な食糧難に見舞われ、「つまみ食い」がれっきとした軽犯罪となっている。 食糧は、給料に応じて配給されるため、つまみ食いが後を絶たない。中には、ハンバーグやオムライスを一度も口にしないまま、一生を終えるものもいる。
「お、そろそろ配給の時間だ。今日はここまでだ。次の担当と交代だ。」
「はい。」
班長の指示通り、次の担当と交代する。毎日、食事は、同じ時間に、決められた量で、決まりきった味付けで、週替わりに配給される。選ぶ権利さえないと、ただ生きていくための単純作業のように思えてくる。
ただし、唯一の恩恵もある。それは、配給の時間が決まったことで、残業が無くなったことだ。自由を手に入れても、不自由さは未だ残る。
今日もいつもと変わりなく家路に着く。大体の食事の内容は容易に想像できる。でも、夕飯だけは、唯一の救いの時間だ。ほんの少しワクワクする。
チョコレートもビールも、無論、唐揚げもない。けれど、君はいつも工夫と遊び心を忘れない。お皿や花瓶いっぱいの花々や、カラフルなテーブルクロスで。
「ただいまー!」
2階にいるであろう君に届くように大きな声を出す。
「おかえりなさーい!」
今日もたくさん働いた。たくさんつまみ食い犯を捕まえた。けれど、やっぱり愛するひとへ届ける幸せな大声がいちばん好きだ。
「いただきます!」
今日もまた、ありふれたそれでいて幸せな夕飯が始まる。

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