たった10年

たった10年間。もう10年間。
どちらなのかなんてわからない。
たぶん周りの人は、もう10年経ったよ、と言うのだろう。
思い出話に花を咲かせようと、久しぶりに集まろうという友人からのメッセージ。
私にとってはひとつも久しぶりではないし、思い出話になるほど遠い話ではない。
そう返信したら、この何も疑っていない言葉たちをバラバラに砕いてやることができるのだろうか。
時間経過が一定だと、エピソードには終わりが来ると、人生には段階があると、一段ずつきちんと登っていく必要があるのだと、全員がそうなのだと疑問すら持たない思考から生まれた言葉たち。それ以外を選ぶのは、そう出来なかったからだと思い、蜘蛛の糸のような心配を絡めてくる優しさと呼ばれるもの。
私は自分にいちばん大切な時間を選び、それだけを大切に守ると決めた。私にとっては乗り越えるべき試練なんかではない。あの人がいなくなってしまったことくらいで、あの人の大切さはひとつも揺るがない。だからその不在を乗り越えて、不在の世界で前を向くなんて、意味がわからない。私の世界では、あの人の不在は存在しない。私の世界からどんどんずれていく、時計によって一定のリズムで進められていく時間。その蓄積したズレがちょうど10年になったから、それが一体なんなのだというのだろうか。

時計を見ると間も無く深夜2時。明日は休みだし別に構わないか、と思った瞬間に自分の勘違いに気が付く。思わず深くため息を吐きながら恐る恐るカレンダーを見ると今日は水曜日。もちろん明日はいつも通りに仕事の日だ。目覚ましアラームをセットしながらつい舌打ちが出る。毎年毎年この時期になると、私はよく曜日を間違える。10年前、あの人と最後に会った日、最後に連絡をとった日、連絡が取れなくなった日、あの人を見つけた日、あの人がいなくなった次の日。あの年のこの数日間の日にちと曜日の記憶はあまりに鮮明で、特に学生だった私にとって曜日の印象はあまりに強い。だから、私にとって、6月2日はいつまで経っても土曜日なのだ。

強い気持ちと裏腹に、カレンダーが二重になったかのように滲む。溢れた涙が唇に伝い、言葉にならない感情が小さな悲鳴になって私の耳を打つ。

扉を開ければ10年後の世界。
明日からどうしたらいいのだろう。


♬マンションへと続くの期待はずれのこの町で
 もがき続けて空のボトルに吐き出したいの
♬夢にも見ない今日を嘆く

マンションA棟 / 松尾太陽

頭の中と実際の時間経過がゾッとするほどずれていると感じることが時々あります。そのザラザラした手触りを、妖しく美しい大好きな歌声をBGMに、拙いですが短い物語にこめてみました。

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眠れない夜に

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