橙色の散歩

小さなショルダーには冷たい水を入れたタンブラーと大切なお守り、ポケットにスマホ、耳にはイヤホン、左手に腕時計。

どこまでも身軽な気持ちで足取り軽く歩く。日差しは少し強いけれど、風が冷たくて気持ちがいい。今日の目的は、買ったばかりのスニーカーの履き心地チェック。目的地のない、近場の散歩ならいつでも引き返せる。足元が疎かになりがちな私にとって靴選びはとても大切。躓いたり転んだりすると迷惑そうな顔をされてしまうし。ちょっと前はヒールのある靴の方が好きだったけど、今はひとりで歩かなきゃいけないから、スニーカーを重宝してる。

どこかから美味しそうなカレーの匂いが届き、小さくお腹が鳴る。たくさん歩いて帰るから、お昼は何か好きなものを食べよう、と決心する。それにしても、好きな音楽を聴きながら歩くのは気分がいい。好きな音楽は薄い膜となって私の全身を心地よく守ってくれる。その膜越しに聞こえてくる音や見える景色は、いつもより数段温かみのある色彩となって私に届く。

高校生3人組とすれ違う時に、懐かしい羨ましさで笑みが溢れる。勝手ながら、なるべく長く仲良く過ごせるように心の中で祈る。

一度コンビニに寄り道する。お茶が欲しかったけど、ついオレンジジュースのパックを選んでしまう。鮭のおにぎりとレジ横のホットスナックは少し悩んでやめておく。

道幅の細い歩道で、蝶々が飛んでいて思わず固まってしまう。虫は苦手。蝶々もダメなんすか、と馬鹿にされるのはわかっていたけれど、蝶々の動きを見定めて一気に走ってやり過ごす。スニーカーで良かったとホッとする。

風が気持ちいいから油断していたけれど、少し汗ばんできた。ちゃんと飲み物飲まないとまた怒られちゃうと思い、慌ててさっき買ったオレンジジュースを一口飲む。喉を滑る冷たい感覚で少しぼんやりしていた頭がすっきりする。時計を見ると歩き始めてから1時間ばかりが経過していた。足の調子は良好。そろそろ引き返そうかな。

道端で急にUターンすると怪しいよ、と言われそうな気がして、一つ先の交差点にある別のコンビニまで行ってから帰ろうと思う。ビールは買いません。持ち帰るまでにぬるくなっちゃうし重いから、どうせ買うなら家に近い方のコンビニで買う方が絶対にいい。うっかり通り過ぎそうになったコンビニに立ち寄り、今度はグミを一つ買う。レモン味が良かったけど、これもついついブドウ味。

歩くことを目的に歩いていると、時間が混ざる感じがする。イヤホンから聴こえる大好きな音楽と、外から聞こえる車の音や人の声。頭の中に聴こえる彼の言葉。時間経過のこれまでとこれから。

「今この瞬間まで」と「今この瞬間から」

私の大切が積み重なったこれまでは、重くて歩みを遅くするものかもしれないけれど。これからを進む上でも大切なものだとわかってしまったから。

明るい日差しの中を歩き、温まった体で、一歩一歩歩く。これからも持って行くと決めた大切な言葉たちで温かくなってきた気がする心を、先に向ける。

イヤホンから流れてくる曲に、胸を張って歩幅を大きくする。顔に感じる風が気持ちいい。進む方向は自分で選びながら、軽やかに、歩みを進めていこう。

♬ずっと前に聞いたことが 今の耳に届いてるものなのか 確かめ続け

♬これからは夢じゃない歩み進めていく

橙 / 松尾太陽


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