うたうたいのものがたり #4

全くもってふつうに暮らしているつもりだったので、幼馴染のそのひとことに衝撃を受けた。

「咲良のことは、ちゃんと説明しておいたから大丈夫だからね」

幼馴染の春香が結婚することになった。その結婚相手を私に紹介してくれるということなのでスケジュールを確認していたところに飛び込んできたその一言に私は本当に驚いた。

説明って、何を?

それ以降の会話は完全に自動モードというか。幼馴染相手が故の培ってきた経験で乗り切ったのだが、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。

何を説明したのだろう。誕生日、血液型、好きな食べ物、家族構成、趣味、学歴、職業。自分を説明しろと言われたら何を話すかしら。春香の結婚相手に話すとしたら、春香との出会い(幼稚園の最初のお絵かきの時間。となりの席の春香と色鉛筆の好きな色を交換しあった。春香はレモンイエローが2本に、私はさくら色が2本になった)、楽しい思い出(何度も行った旅行。予定がカチッとしているのが苦手でいつも行き当たりばったり)、そういうことかしらん。でも、それの何が「大丈夫」なのかがよくわからない。説明しておいたから大丈夫。つまり説明しておかないとダメなこと?考えながらスーパーで冷凍食品を選んでいるときに、アレルギー体質のことか!と思い至った。私は食べ物アレルギーが多い。エビやカニ、貝類などは特にひどく蕁麻疹が出てしまうので、うっかり食べて酷い目にあったことが何度もある。あ、でも牡蠣のときはうっかりじゃないか。広島に行ったときに牡蠣のバター焼きがあまりにも美味しそうで、周囲が止めるのも聞かずに食べてみたことがあった。あれは完全に確信犯的で、蕁麻疹出ても知らないからな、と割と本気の怒りと心配が混ざった声で浩也が言うのも無視して食べた。あれは本当に美味しかった。でも人生で一番痒くて辛い夜を過ごす羽目になったし、翌日浩也にめちゃくちゃ怒られたんだよなぁ。牡蠣の味を思い出し、思わず冷凍カキフライに手が伸びるが流石にやめておく。でも人生一度きりの牡蠣があの時でよかった。浩也と春香と一緒に食べれたし、翌日寝不足の私をひとしきり怒った後、でも昨日の牡蠣は本当に美味しかったから牡蠣の記憶としては最高だと思うわまじで、って浩也も言ってたし。色々考えていたら牡蠣以外特に食べたいものないな、という気持ちになってしまったので、トマトと豆腐だけ買って帰ることにした。カゴを持ち替えながら、左手に付けた腕時計を見る。いつの間にか思ったより時間が経ってしまっていた。早く帰って春香とその結婚相手に持っていくお土産を考えよう。

翌日。春香のお相手は無類のビール好きらしいことを教えてもらった私は、お気に入りの酒店に出かけた。私もビールは大好きだ。せっかくなら美味しいのをプレゼントしたい。個人的には香りが強くてキリッと苦いのが好きだが、どんなのがいいかしら。コンビニでも見かけるメジャーな銘柄の贅沢版のようなものが気になる。よく飲む銘柄の超美味しいバージョンのようなので飲み比べしても楽しいかもしれない。そういえば、とビールの飲み比べをした時のことを思い出す。海外旅行の夜。ホテルの私の部屋に5人で集まりダラダラと明日の予定を確認しているときに、当時は1人だけビールが飲めなかった春香がみんなビールの区別なんて本当についてるの?と言ったのがキッカケで利きビール対決をしたことがあった。その数日間現地で水よりもたくさん飲んでいた軽くて喉越しがとても良いビール、ちょっとお高めの地ビールのような銘柄、現地のコンビニで買った飲みなれた日本のビール2種類。春香に手伝ってもらい、目隠しした状態で4種のビールを飲みその順番を当てるというシンプルな対決。私は2つ正解。日本のビール2種類を間違えてなかなかショックだった。でもあのときの浩也は本当にひどかったなぁ。あんなに普段ビール好きを公言しているのに4つとも全部外すなんて、本当に面白かった。飲み比べセットとかないかしらん。せっかくなら楽しくて美味しいものにしよう。

美味しいビールをプレゼントに幼馴染の結婚相手に挨拶をする。折角だからと、利きビール対決のときの話をしてみた。ビールを飲まなかった春香がこんなにビール好きになるなんて、ねえ?と二人を茶化すつもりで。

でも。

「本当に浩也さんと仲良しだったんですね。春香からもよく聞いています。」

「仲良しだった」の言葉に頭の芯が冷えるがまあなんてことはない。時間的に過去なのはほんとだし。この前10回目の命日を迎えた浩也。どちらかと言えば私は来月のの32回目の誕生日の方を大切にしている。今年の誕生日は何を買っていこうかしら。この前見つけたワサビのお菓子。あと、今飲んでるこのビール。たしかにいつもの定番を超贅沢にした感じで美味しい。ビールの味が実はわかっていない疑惑の浩也にはちょっともったいないかな。春香の結婚する人にさらに思い出話をしながらビールを飲んでいると、春香が心配そうな顔で私を、責めるような目で結婚相手を見ていることに気がついた。

ああ、説明しておいたから大丈夫ってそういうことか。

かわいそうな咲良。今でも浩也のことが忘れられなくて、時間が止まってるみたいなの。パニック起こすこともあるけど、わかってあげてね。とにかくあんまりそういう話題に触れないでね。

きっと、そういうことを言っておいてくれたんだろうなぁ。春香の決定的な誤解に笑いそうになる。私は忘れられないことで悩んでいるわけでも、記憶に囚われてるわけでも、止まってるわけでもない。単純に、浩也のことを考えるのが楽しくて楽しくて仕方がないだけなのだ。無理してると思われ、腫れ物のように心配されてる自分にはちょっと悲しくなるけれど。

春香からの纏わりつくような思いやりをやり過ごすために、陽気な幼馴染モードを外側に起動して、私自身は浩也の思い出に浸ることにする。忘れられない。忘れるわけない。お気に入りの小説を何度も読むように、私は大好きな思い出を日々宝物のように愛でる。もしかしたら、いつか飽きがくるときがあるのかもしれないけれど。でも、今はとにかく、大切にしていたいのだ。

♬僕たちの今胸を掴むあの歪んだ日々が  今も忘れられないなら ずっと見たいよう、君が飽きるまで

Sorrow / 松尾太陽





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