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リョウ【chapter47】

「どうしたの?大丈夫?」

助手席の女がリョウの二の腕に手を置く。女が近づく、甘い匂いが濃くなる。ハンドルから顔を上げ赤い唇をそして人工的睫毛を見つめる。

「ごめん。もう会えない」

俺の番号消してください。端的に告げ真っ直ぐリョウは女の目を見る。

「え、まってわかんない。どうゆうこと?」

店で、リョウの切ったばかりの髪を褒めた甘さは消え、赤く低い声で詰め寄る。しかしリョウのごめんと謝る声と、なにより見つめる緑がかった目の強さに「なにひとつ説明するつもりはない」という理不尽に筋を通す意思をみる。常に毅然とし最後まで本心を見せることのなかった男の意思の強さをみせつけられる。

女は自分以外の存在を男から感じていた。

会っている時間、大して笑顔も見せず無機質に端的な言葉しか言わない男。抱かれるためだけにあっている、という曇った気持ちは女の中に常にあった。けれど。

いつかの別れ際。

男の車の助手席から降り「またね」と振り返ったとき。

「またな。リオ、眼科行け」

女の目を、男は笑みなく見つめ、呟いた。

全く気づいていないし、そもそも自分を見ていないと思っていた男の言葉。男は女の目の、下まぶたの際にできた小さなモノモライのことを示し、少しの心配を含んだ瞳を向け、低く甘い声で女につぶやいた。

突如現れたモノモライは、その小ささの割に異物感が強く「病院いかなきゃダメかな」と化粧の時にのぞいた鏡を見て女は思っていた。瞬きをする度に思わず頬を押さえるほど痛い。けど案外、人には気づかれないものだわ、と。思っていた。

そんな些細なことで、名前を呼ばれる時の甘い響きだけで、最後に聞く「またな」だけで女は男と切れずにいた。

血液型が同じで誕生日が一日違いであること、リョウとリオの名前の響きがとても似ていること。そんな些細な接点を二人の出会いは運命であると呼びたくなるほど、運命なのだからそんな簡単には切れはしないと信じたかった。切りたくなかった。切って欲しくなかった。

目の前の男に、自分を見てほしかった。見つめられるだけで胸を苦しくさせる、緑がかった瞳で自分だけを見てほしかった。でもその瞳は自分を最後まで見てはくれなかった。見ようとしなかった。別のだれかを見ている男には、見えなかった。

助手席の、甘い匂いを放つ、美しく聡明な女は、車を降り外から「リョウ」と呼ぶ。

「いい加減、眼医者いったら」

最低な男だわ。言い捨てるとリョウに背中を向けた。

リョウは去っていく女の後ろ姿をしばらくみつめた。姿勢を正し、大きく息を吸うとエンジンをかける。腕時計を見、ギアをドライブに入れる。タカシの住むマンションを目指しアクセルを踏む。

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