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【短編小説】常世村の神隠し(改訂版)

 

 形ばかり、一応家電はあるが、ベルが鳴ってもまず出ることはない。携帯が当たり前の昨今、家電の番号を知っている人間も確かにいるかも知れないが、どうせたいして価値もない名簿あたりから抜粋しての、益体も無いセールスだろう。

 ただし、その日の夜の家電はちょいとばかりしつこかった。コール二十回ほどで切れたものの、数分後に再び鳴り始め、これがおさまったと思ったら、さらに数分後にベルが喚き散らす。
 明日は休日、せっかくの一杯気分も台無しであった。
 舌打ちをしつつ陽一はつい立って、受話器を取り上げた。
「はい……」
「野田さんですか?」
 妙に子供っぽい声がすぐに流れてくる。
「どなたですか?」
「僕ですよ。僕……」
「は? 俺俺ならぬ……ぼくぼく詐欺かな?」
「僕ですよ。野田陽一……」
 思わす、絶句せざるを得ない。まさか! 電話の相手が自分とは?
 どんなからくりの詐欺なのだろう? つい、推理を巡らせていると、
「あの……びっくりしてるのも分かるけど……まさしく僕、野田陽一……ただし二十年前のね……」
「二十年前?」
「忘れちゃったんですか!」
 ほとんど非難する口調に、
「なんの話かな……?」
「妙子さんのことですよ。加納妙子さん……」

 一気に酔いも覚める。もとより、忘れるはずもなかったが……

         ※

 そう。まさに二十年前のことだ。当時中学二年生だった陽一は、両親の離婚問題のどさくさで、しばし母方の実家であるN県の「常世(とこよ)村」の学校に通っていたことがあった。どさくさの原因は父上の浮気らしく、まあ派手なファッション関係の仕事ということもあって、女性の出入りも多かったのだろう。
 陽一もガキながらちょっと子供服のモデルなども経験していて、流行の先端を走る父上の影響で都会の色に染まっていたものであった。
 一方母上の方は、元来ファッションとは無縁の、郷土料理の研究家を自称し、田舎暮らしを念頭に置いていたらしい。

 「常世村」では二年近く暮したが、まさに「ど田舎」、都会育ちの陽一にとってはいささか退屈でもあり、田舎のガキをどこか見下したところもあったのだが、同じ中学の一年下の妙子さんに会ってから、ほとんど世界観が一転した思いであった。
 妙子さんは、父親と二人暮らしで、当の父親というのが有機栽培の野菜を作っていて、家も比較的近かったこともあり、同好のよしみ……母上ともすぐに意気投合し、妙子さん共々、家族付き合いという感じだったのだ。

 当の妙子さんは、確かに都会的とは言えなかったけれど、出没する狸に餌をあげたりする優しいとこもあり、村祭りの時の浴衣姿に、陽一はほとんど一目惚れというけはいだったのだ。都会の女の子の、タレント振りにませた物腰とは違って、野に咲くナデシコみたいな色合いは、とにかく新鮮そのものであった。
 ちょっと色黒で一重瞼だったけれど、大正時代の抒情画の少女みたいな口元は、色づき始めた蕾みたいな魅力に溢れていた。

 お互いの親同士の付き合いに引きずられるように、二人は急速に親しくなっていった。
 わたし、田舎ものだから……そう卑下する妙子さん相手に、陽一はモデル時代に見かけた有名タレントの素顔なんぞ、ちょっと見栄を張って話して聞かせ、その切れ長の目が輝くたびに、心臓が飛び出しそうなほどときめいたものであった。

 そんなある日のことだ。

 父親の作った野菜を持って妙子さんが我が家を訪れる途中で、パッタリと消息を絶ってしまったのだ。
 もちろん、村人総出で妙子さんを探す。警察も乗り出す。
 乗っていた自転車こそ澤の近くですぐに見つかったものの、本人の行方は三日たっても杳として知れず……

 村の長老曰く。神隠しだ……

 しかし、四日目の夕暮れ時のこと……

         ※

「どうしちゃったの? ねえ聞いてるの?」
 二十年前の自分の声で、陽一は我に返る。
「もちろん聞いてる。例の、神隠しのことを思い出してた……」
「だったら分かるでしょ。妙子さんは絶対に神隠しにあったんだ。だから、必ずどこかにいる。大人達や警察が諦めても、僕は諦めないで探し続けた……」
「でも……結局は……」
「結局? 何のコト? そう……結局は見つかったのさ。僕が見つけたんだ」
「本当に?」
「当たり前さ。自分相手に嘘は言わないよ。僕は、本当に妙子さんが好きだったんだ。だから……だから、絶対に探してやるって……」
「……僕だって必死に駆けずり回って……」
「そう、……そして、山奥の昔の炭焼き小屋さ。一度、妙子さんと行ったことがあったじゃないか」
「ああ、覚えてる……狸の親子が住んでるとか……」
「そう。なんでも妙子さんは、ご飯をあげてた子狸のお母さんに招待されて、ここに来たんだって……」
「そう言えば、怪我してたんだよね、狸の子供……それを妙子さんが手当てして……」
「うん。そのお礼でね、妙子さんの運命を変えてもらったんだ……」
「でも実際は……」
「やめろよ! 警察がなんて言ったか知らないけど……」

         ※

 そう。妙子さん失踪から四日目の夕方……「常世村」から少し離れた町で自動車事故があり……その車のトランクの中、絞殺された妙子さんの無惨な遺体が発見されたはず。
 変質者による犯行だと……
 耳を覆いたくなるような噂が流れ……陽一は泣くことも忘れ……妙子さんは死ぬはずがないと喚き散らし……葬儀に参列することも拒絶して……

 今では、当時の記憶も混乱している。……直後、母上と一緒に……「常世村」での事件を悪夢として葬ったまま、東京に戻り……
 いつの間にか……父上とのイザコザも解決して……

 ……そして時が流れ……その父上も事故で他界し……母上は今では料理教室を開いて……
、陽一は大学卒業後も職につかず……小説という夢の中に、妙子さんを探し続けて……

         ※

「……僕だって……ずっと妙子さんを探していたんだ……」 
「当たり前じゃないか。僕は信じてた。妙子さんは生きてるって。そしてついに二十年かかって妙子さんを見つけたのさ……」
「で、その妙子さんは?」
「今ここにいる。とにかく聞いてよ。妙子さんを探す僕とは違って、回りは二十年の時が流れてしまったんだ。そう。時の流れに乗った僕は……そう、あんたのことさ……中学生どころか、もう三十過ぎの大人なんだよね……」
「確かに……」
「とにかく妙子さんを探し当てた時になって、やっと僕は気が付いたんだ。もう二十年が過ぎてるって。村人の誰も、僕が僕だとも、妙子さんが本人だとも気が付かない。お父さんは娘が死んだと思い込んで、とっくに他所に引っ越していったし。僕、つまり、あんたも……すぐに東京に戻ったって聞かされた。それで、悪いとは思ったけどバァチャンの家からお金をくすねて、東京まで出てきたんだ……」
「今……どこに?」
「N駅の近くさ。びっくりしたよ……このあたり昔と全然違う。取りあえず、あんたに連絡をしょうと思って……自宅にいるはずの、二十年後の僕に電話したったわけさ……」
「それで、妙子さんはそこにいるの?」
「もちろん。告った直後なんで、すごく照れてるけど……今代わるよ……」

             了

 

 

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