私が外科を辞めたい理由②私の現状

前回は、外科医が外科専攻医を経て外科専門医になっていく過程をご説明し、今の私の置かれている状況について書きました。

今回は、いよいよ核心に入ってきいます。
私はもともと手術も好きでしたし外科系に憧れていたので、自分から望んで外科研修に入りました。

初めは自分の志望科とは違う消化器外科で鍛錬を積まなければならないことも当然承知の上での決断です。
手術操作はどの専門分野へ行っても共通だと思っていましたし(これは実際にそう)、たくさん手術する事で自分の技量も上がると思ったからです(これも最初のうちは確かにそう)。

たくさん手術をして、はやく一人前の外科医になりたい、そしてはやく自分の志望科に進みたい。そんなことを考えていました。
外科医の働き方はブラックだと聞いていましたが、私の出身大学も、私が初期研修をした病院(研修医として働いた病院)も働き方改革への意識が高く、そこまで外科医のQOLが悪いようには思いませんでした。今思えばこれがいけなかったのだと思います。

いざ外科専攻医として今の病院で働き始めると、世界の違いに驚きました。
定められた勤務時間は8時30分〜17時30分ですが、外科の朝回診は7時から始まるのです(研修病院では、医師も看護師も緊急事態を除き業務時間以外に電子カルテを開く事が禁じられていたので、何事もなければ始業ギリギリに出勤していました)。
朝回診の前までに患者さんの一晩の容態を把握する必要がありますから、病院へは遅くとも6時半までには着かなければなりません。すると、家を出るのは6時前後です。当然、起きるのは5時前後になります。担当している患者が増えれば、全ての時間が当然もっと早くなります。

朝回診が終わると、外来日は外来へ、手術があれば手術へ向かいます。長い手術ではお昼ご飯を食べずにぶっ続けで夕方まで手術があります。
手術が終わると夕回診です。手術がない場合は16時頃から夕回診が始まります。

夕回診が終わると会議やカンファレンスがあります。今いる病院では議題が会議の場で突然追加になる事が多く、どんどん会議の時間が伸びていきます。一般企業ではありえない話です。
帰ることのできる時間は早くて19時、遅いと0時前後になります。このような日々がずっと続いています。

さらに休日は外科当番があります。ERを受診した患者さんで外科担当っぽい患者さんがいれば呼ばれる役目です。手術が必要であれば、この当番医が手術を行います。外科の緊急対応は毎回勉強になりますが、1日いつ呼ばれても良いように家、もしくは少し外出していたとしても病院まで30分程度でたどり着ける場所にいなければなりません。一瞬たりともPHSを手放す事は許されず、鳴ればどこで何をしていようともすぐに対応しなければなりません。この当番が、月に4回あります(2回は土日祝日、もう2回は平日の夜間帯)。そしてこれとは別に当直が3、4回程度組み込まれます。
家や近くでの待機時間は時間外に含まれません。

もうお分かりだと思いますが、土日2連休なんてありえない話です。私はいわゆる「引く」医者なので、私の当番日になるとまず必ず病院に呼ばれます(全く呼ばれない「引かない」先生も存在します)。トイレにいる時、お風呂にいる時、寝ている時、PHSの着信音がしたと思って慌てて確認するとなんの着信もなかった、なんて事はザラにあります(医師あるあるのようです)。

一度呼ばれれば、手術なしで入院の場合でも必要な追加検査を行い、患者さんやそのご家族に説明し、入院手続きに必要な書類を作成し、入院後の点滴や治療薬、検査日程を組むと、容易に2〜3時間はかかってしまいます。

手術となれば、追加検査、手術申し込み、各種根回し、入院手続きを行い、手術をし、終了後説明して、入院以降の点滴や(以下略)…をすると、最短でも6時間程度はかかります。こうなると当然の如く休日は流れていきます。どこかに出かけたいなぁと思っていても、当番の日は家でじっとしておく選択肢しか自然と無くなってしまいます。これは本当に「休日」と言えるのでしょうか?

まとめると、今のシステムでは、救急患者さんの手術をしたり、手術はしなくとも入院加療としたりすれば、その分担当患者が増えていきます。自分で取った患者は自分で診る。医師として当たり前の話ですが、私はあまりにも引いていて、外科の中でも担当患者数がトップになってしまいました。

これだけならまだ良いのですが、これに加えて、定時手術の患者さんがいます。若手外科医が手術手技をマスターするために、上級医が当てがってくれる患者さんです。その人に合わせたレベルの手術を選んで当ててもらえるので、本来であればこれらの手術を着実にクリアする事によって外科医としてレベルアップしていく事が見込まれます。

私は外科医としてまだまだなので、本来こちらの患者さんにしっかりと丁寧に取り組みたいのです。しかし緊急患者さんも多く担当しているので、なかなか思うように時間を割けない日々が続いています。

私は自分自身をハードに働く事が好きな人間だと自認していましたが、あまりにもハードすぎると感じています。
今年度の時間外は4月が84時間、5月は108時間、6月はまだ10日しか経っていませんが現時点で63時間です。過労死ラインは2ヶ月の時間外の平均が80時間以上、もしくは1月の時間外が100時間以上と定められており、どちらにも引っかかっています。

満足な睡眠がとれず、仕事も思うように進まず、休日は妻と思い切り楽しみたいのに仕事が頭をよぎり、外出していても夕方には疲れが出てきて眠くなってしまう。
疲れていると思考もおかしくなり、思ってもないことを言ってしまったり、変な行動をしてしまったり。疲れを言い訳にしては絶対にいけませんが、今の病院に来る前と今では、自分自身の言動や性格、思考回路が全く変わってしまったと自分でも思っています。そしてそのせいで、妻には嫌な思いを何度もさせてしまいました。
平日は朝早く仕事に行って夜遅くに帰宅し、夫婦の会話もそれなりであとは寝てしまう。
機嫌を取るためにその場しのぎの言葉や嘘を言ってしまい、結果信頼を失う。
以前の自分では絶対にしなかった事ですし、思い描いた結婚生活ではありません。妻から見ても最低な旦那になっている気がしています。

このままの働き方を続けると、心か身体、あるいはその両方を病むのは時間の問題だと確信しています。しかし、私1人が病むだけなら別にいいのです。私1人の問題ですから。しかし私はこうも考えました。

この先、妻や今後生まれてくる子どもの体調が悪い日があったとします。その日、たまたま当番だったら?
妻や子どもを看病することこそ最も大切なことですし、妻の体調が悪ければ私が代わりにメインで育児をしなければなりません(もちろん普段から子育てに積極的に関わりたいですが、この働き方ではメインを張れる自信がありません)。しかし、もしそこで病院に呼ばれたら、具合の悪い家族を置いて、見も知りもしない具合の悪い人を見るために病院へ行かなければならないのです(言葉は悪いですが)。
家族の体調不良の他にも、子供の学校行事や家族旅行の時に病院に呼ばれたらどうする?夫婦や家族の記念日に呼ばれたら?
前々から決まっていた予定が、一本の電話で容易く流れてしまうことは、私は耐えられません。

こういった事を考えた時、私はどうしても仕事を最優先とする事はできないと思ったのです。子どもと一緒にいる事ができるのは、せいぜい高校卒業までの18年でしょう。妻ともできる限り一緒に過ごしたい。そう考えるのは普通のことなのではないでしょうか?

以上の事から、いつかはこの仕事を辞めなければならないと考えるようになりました。そしてそれは自分自身と家族を守るためです。
私は仕事のために生活するのではなく、1人の人間として豊かに生活したい。豊かに暮らすためにはお金が必要で、そのために働いているに過ぎないのです。しかし、医者という仕事は失敗が許されません。お金のために働いているとはいえ、誠実に、しっかりと取り組む事は常に心がけています。もちろん患者さんが笑顔で退院することは存外の喜びですし、矛盾するように聞こえるかも知れませんが金の亡者にはなりたくはありません。
とにかく、豊かに穏やかに暮らしたいのです。

幸いな事に、今の病院は時間外が満額もらえます。つまりこれだけ働いているので手取りはそれなりにあります。しかし、健康や家族が崩壊してまでお金が欲しいとはこれっぽっちも思いません。繰り返しますが、私はただ、普通の生活がしたいだけなのです。

正直、働き方改革には期待をしていました。しかし、始まってみても外科はこの働き方です。
やっと帰れる!と思って医局へ帰ると、残っている医師は当直の医師と外科の医師だけなんて日はザラにあります。

他の先生は今頃家で家族との時間を過ごしてるのかな、楽しい時間を過ごしてるのかな、と考えると、何ともいえない気持ちになります。
何でこんな働き方をしているのだろう、自分にとって家族って何なんだろう?そんな事を考えると、仕事中心で生活している日々が嫌になります。

以上が、私が外科を辞めたい理由の核の部分です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?