失敗のケア②目標を定める

こんにちは。金曜日の作業量がなかなか安定せず相変わらず土曜日に食い込んでしまう水野です。
めげずに定期投稿だけは欠かさずに頑張っていきたいと思います。

今回は前回に続いて失敗のケアについてです。第2回目は「改善中の目標を定める」です。これは特に子育ての中では意識しておいて損のないことです。ぜひ発想の転換に活用してみてください。

その前にまず私たちは目の前に「書類の山だらけで埃がかぶり、かつ飲み物や食べ残しも置きっぱなし」という机を見たときに何を思うでしょうか。
多くの人は「ごちゃごちゃしている!」とか「汚い!」とか「きれいにしなきゃ!」と思います。ちなみに私は「あ、ちょっとそろそろ片付けようかな。」程度です。飲み物や食べ残しをそのままにしたことはほとんどないですけど!
しかし実は何をきれいに感じて何を汚れていると感じるかは個人の主観によるところもあります。さらに視野が十分に拡大していなければ隅の方を見逃すでしょうし、視点があちこちに飛べば片付けどころではありません。細かいところをたどれば両者で片づけに持つイメージも異なります。
これは片付ける側にも片づけるよう指示する側にも言えることなのですが、もう一つ。私たちは客観的にみている方がよく見えている、ということです。
片付けでいえば客観的にみている方が、どこが汚れていてどこが整理されていないか見つけやすいし指摘しやすいのです。指示するだけでよいのですから。

こうした客観的な視点にいることを意識した上で片付けを例に失敗をどのようにケアするのか見ていきますが、一言で言えば失敗と言われた、もしくは失敗したと考えてしまうことによって失敗経験は残ってしまうけれど、そのほとんどが実は失敗と呼ぶほどでもないということです。

先ほどの片付けの例で仮に終わった後にわたぼこりが少し残っていたとしましょう。仮に本棚で本が上下ひっくり返っていたとしましょう。「そんなこと!」と思うかもしれませんが、私たちはその些細なミスに気づきやすくその些細な点を「あ~惜しい!ここにわたぼこりが残っているよ。」とか「本をひっくり返せば完璧だね!」などと言ったりします。
これは支援の場でもよくある言い回しですね。しかし最終的に完璧を求めるという点では実は違いはなく、私たちはここでも暗に完璧を求めているのです。

果たしてこれは実行者に(今回で言えば片づけをした人)十分な達成感を与えることができるのでしょうか。

ようやく本題の結論に入りますが、失敗というのがそもそも客観的な指摘からスタートしかつその多くは失敗らしい失敗でないとしたら?私たちは考えている以上に失敗体験を彼らにもたらしているのです。

 これを回避する最善策は事前に特にこれだけは!と思われる目標を1~3個に定め、それ以上のことは求めないことが重要です。
 先ほどの片付けの例でいえば最後のわたぼこりは取ってあげるのが良く、本は元通りにしてあげるのが良い。しかも押しつけがましくなく。
 これも別記事で記載しますが、共同作業は想像以上に効果的な役割を持っています。


まずは1日1個でもかまいません。作業は細分化できるからはかどるのです。(自戒)

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