私が愛している
私は基本的に、自分の絵を溺愛している。自分の絵柄の推しを可愛いと思うし、グッズにしたり、ポストカードにして目に見えるところに飾ったりする。
そんな私が極稀に、異常に気に入る時がある。完成した時はいつも自分を褒め称えるが、この時はそれプラス、多分将来の自分が過去の自分に嫉妬するだろうなと想像する。経験上その通りだ。
今までのお気に入りの絵も、これ以上のものは描けないな、と嫉妬し続けている。天才。ありがとう過去の私。これどうやって描いたの?と聞きたくなる。答えは返ってこない。毎回雰囲気で描いているから。
これはきっと良い絵になるぞ!という予感は、基本的にラフの時点でしていて、実際出来上がった時には大感動だ。久しぶりに超お気に入りの絵を描くことができた。最高。自己肯定感爆上がり。
おそらく、版権の二次創作をした後にこの状態になりやすい気がする。洗練されたキャラクターを見た後に自分で創作すると、少なからずその影響が出る気がする。
きっと他人から見たら私の絵は大したことはないんだけど、私が何よりもこの絵を愛しているので良い。私以外分からなくて良い。一生大事にしたい。
推しの絵なので共有はできない。また推しの話です。今の私は推しを中心に回っているので。推しがいなければこの最高の絵は生まれていないし、推しに心から感謝している。
そういえば推しが日本語Tシャツを着ていた。それどこで買ったんですか?書いてあった言葉自体に良い意味も悪い意味も無いんだけど、そのデザインに何故その単語を……?という疑問はある。
推しが良い!と思って着ているのなら特に言うことはないです。ただ私はついその日本語を目で追ってしまう。推しが日本語が書かれたものを身に付けているのが嬉しかったので、ファンアートは描いた。
少しでも日本に対して良いイメージを持っていてくれているのなら、こんなに嬉しいことはない。ありがたい。
最近、英語日記を書き始めた。まだ普通に日本語で書いた文章を、翻訳して丸写ししているだけだが。知らない表現がたくさん出てくるので面白い。
日記はこのnoteで満足しているところもあるので、どれくらい続けられるかは分からない。三日坊主は回避しているので、このまま三日継続を目標にすることで延々と続けたい。
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