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空から降ってくる雨の気持ちを受け止める

私は、リモートワームはできないタイプだ。
自分に甘いからついつい誰も見てないとダラダラしちゃう。なのでパソコン作業もできるだけ喫茶店などでする様にしている。
夜書いた文章は大体感情が溢れてて言葉が追いついてない事が多い。溢れに溢れ出した感情は、一生懸命言葉にしようとしても溢れ出して追いつかないのだ。その文章を朝読むとこの溢れ出した感情がとてつもなく恥ずかしく感じる。なんとなく。


喫茶店でPCを出しているとコーヒーが運ばれてきた。
斜め後ろの席の女性の声が聞こえる。
『あたしなんて年金で生活してるのに……100円でも惜しいのよ』
なんだか怒っている。怒りという感情が声の大きさとなっててんないに溢れ出している。もう彼女自身にもどうにもならなくなってしまったのだろう。溢れ出した怒りは、こちらまで侵食してきた。
初めのうちは家族の話を淡々としていたのだ。それを聞いてる男性はお友達のようで親身に話を聞いていた。色々質問したり同調したりしながら会話が成り立っていた。彼女を宥めるように話をしていたのだが同じ話を繰り返す彼女にそのうち愛想が尽きたのかだんだん男性はしゃべるでもなく相槌ばかり打ち始めた。すると女性の声はどんどん大きくなる。そして私のコーヒーが運ばれてきたとき多分溢れ出した怒りが自分自身でも手に負えなくなるように最高潮に達してしまったのだ。
人が声を大きくする時ってどんな時なんだろうと思う。きっと相槌ばかりの相手にもちょっと苛立ちを感じてるのかもしれない。“わかって欲しい“と。彼女の溢れんばかりの心の叫び“わかってほしい“


『くるくるのメロンソーダぁ』
斜め後ろには、子供2人にお母さんの3人連れが入ってきた。5歳ぐらいの女の子に3歳ぐらいの男の子。男の子の前に緑色のメロンソーダが運ばれてきた。『ほらメロンソーダきたよ。』と母親はストローを男の子の口元に持っていく。首を振る男の子に母親は『自分で選んだんでしょ』と言いながら何度も口元にストローを持っていく。
『どうしたの?嫌なの?』
男の子は、目に涙を溜めている。[くるくるの]あっそうか![くるくる]。運ばれてきたメロンソーダからは、くるくるがすっぽり抜けている。彼のその涙はきっと少しでも動いてしまうと瞳から流れ落ちてしまうほどに溜まっていた。そして母親に“わかって欲しい“そう思う彼の気持ちは涙と一緒に流れ落ちたと途端に自分ではどう使用もないほど溢れ出てしまった。
彼はきっとこの“どうしようもする事ができない“気持ちのやり場に困っている。初めは<これじゃない>からはじまった気持ちはまだ彼の中に残っているのだろうか。“わかってくれない“事が悔しいのだろう。でも彼には悔しいという言葉がまだわからないかもしれない。悔しいがどんな気持ちとどんな気持ちが混ざり合ってて何色かわからないのじゃないだろうか。だってまだ自分の今の気持ちすら色々混ざって何色なのかわからないのだから。彼は自分と戦って涙を流していた。溢れんばかりの“どうする事もできない“と


前の席には女性が据わっている。時計を気にしてるからきっと待ち合わせなんだろうと思う。神妙な面持ちでたまに深呼吸をしながら座っている。今から愛の告白でも始まるのだろうかと私の心は少しワクワクした。すると彼女は、突然入り口に向かって手を振った。彼女の視線の先にはスーツ姿の男性が立っていた。彼が慌てるでもなく席に座る。聞き耳を立てていると
『こんなところで話す事じゃないと思うんだけど家で話すと自分が保てなくなるかもと思ったから、ごめんね』
と彼女はいった。彼は、何のことを言われるのか検討がつかないようで首を傾げている。彼の顔の周りには???が見えた。すると彼女は、深呼吸をして話し始めた。
『私癌だったの。ちょっと進行してるみたいで今度、ご家族と一緒に来てください。ってお医者さんに言われちゃった。でもね今癌は不治の病って言われる病気じゃなくなって完治する人も多いんだって。ただやっぱり長期の入院には、なるみたい。一緒に行ってくれる?』
笑顔で話す彼女の目には、涙が溜まっていた。強い女性だなと思った。さっきまで愛の告白かとワクワクしていた自分に嫌気がさした。少しの無言の時間が流れそして彼が口を開いた。『今こうして時間を過ごしてる間も君の中の癌は進行してるんだよな。ごめん…… 』そう言った彼は、俯いたまま。
私の妹は、23歳の若さで亡くなった。病気を前に私達は、何をすることもできない。ただ祈る事しかできないあの時を思い出した。
『どうして謝るのよ』とそれを聞いた女性が笑顔で言った。彼女の顔が妹の顔と重なった。
『今日は、帰りに神社に行こう。そして少しでも早く病院に一緒に行こう。』
その瞬間彼女が言った。『私の事をそんなにも自分のことのように思ってくれて本当にありがとう。』彼女の顔は、笑顔だった。その笑顔から初めて涙が溢れた。彼女の涙は、溢れんばかりの“ありがとう“だった。


目の前の女性は家族に対しての不満をずっと話している。この人とは、俳句の会で知り合った。時々こうしてお茶をする。彼女は、本当は恨んではない。ただ家族にわかって欲しくて、自分の頑張りを認めて欲しくて家族からの“ありがとう“が欲しくて『私だって大変なのに!』と話す。その“ありがとう“は僕には言う事ができず『感謝してると思うよ』と言っても彼女は家族からその言葉が欲しいのだからキリがない。仕方なく『そんな事を思っても君が苦しむだけだよ』というと彼女は、今までより少し大きな声で『あなたまでそんな事を言うの?』と言い始めた。僕にはもう『そうだね。』ということしかできなくなった。僕のありがとうじゃだめなのだから仕方ない。彼女の行き場のない“わかって欲しい“が溢れ出しそれと一緒に声も溢れ出す。
僕はもうその溢れ出した“わかって欲しい“を『そうだね。』ということしか受け止める事が出来ない。


朝の喫茶店をでる。今は晴れているのに天気予報では13時から2時間だけ雨マークだ。今の空を見ると信じられないがきっと雨は降るのだろう。そうだね、最近の天気予報はあたるもの。





喫茶店でこの文章を書きました。溢れんばかりの“わかってほしい“。その“わかって欲しい“が“どうする事もできない“となり、その“どうする事もできない“は“ありがとう“となる。そしてその“ありがとう“は“わかって欲しい“になりぐるっと回った感情に、『そうだね』と受け止めることしかできなくなる。それはまるで空から降ってくる雨のように……

#短編 #小説 #喫茶店  

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