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【連載】花と風葬 9

 「お前、歳、いくつだ」
「……わか、らない」
「チッ」
保険証は、母子手帳はないのか。彼女の母親が投げ捨てて行った鞄を漁る。ははぁ、あの野郎、黙って産みやがった。どうするんだ。まぁ、なるようになるだろう。なんかあったらその顔にナイフぶっ刺してやる。
 俺は世間で言う「隠し子」を育てることにした。
 公園に行くときは朝方、なるべく人目のつかないうちに電車に乗って遠くへ。水筒と弁当。るららるらと歌を歌う百合は、なんだか……妻みたいで、俺は気が滅入ってしまった。
 街中を流れるジャズポップ。それに混じる喧騒。重そうなガラス扉。それに映る俺。人混みに呑まれる百合。手を繋ぐ俺。繋ぎ返す百合。
 俺はこいつが嫌いだ。

 「ねーぇおとうさん」
「違う、俺は、お父さんなんかじゃ、ない」
「じゃあなんなの」
「保護者」
「ほごしゃって、おかあさんとおとうさんってことじゃないの?」
「俺は、お前をいやいや養っているだけで、お前の父親なんかじゃない」
「なんで、なんで」
「五月蝿い!」
「いたっ」
「……」
「……」
「あ、あ、あ、あぁあ、あ、ぅあ、あ、あ」
「お、おと……、おじさ……ん」
「あ、あぁあ!ちっ、ちがう!違うんだ!ぁあ!」
「……っ、う、あぁ、ひっ、ひっひっ……、あぁ!」
「ち、ちがう、ちがう、違う、ちがう、違う、ちがう、ちが、う!ちがう、違う、違う、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう……」
ただ、月に、吠える、犬のように、俺は、百合を、何度も、殴った。

 「なぁ、これは、何なんだよ!何でお前が生きている⁈」
「私は、もう……」
「きっしょくわるいんだよ!全部!百合って何だよ。俺のもんじゃねぇよ!顔ばっかあいつに似やがって、ばっかじゃねぇの!くるな!」
「そんなこと、言わないで」
「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁ!」

 「おと……、おじさん、みず、ちょうだ……」
「もう、お父さんで、いいよ」
最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低、最低……、最低。

 
 ちょうど百合が18歳になる頃、そいつは、家を出た。

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