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#001 背表紙

「んー、作者順に並べる?それとも、出版社かな?」
「出版社でまとめたほうが、見た目がきれいなんじゃない」
「これ全部やり直すのか・・・」

昨晩から続いている雨のせいか、今、何時かもよく分からない時間帯に起こされ、寝ぼけまなこで本の束を受け取っている。壁一面の本棚から、次々に本がなくなっているが、まだ寝起き3分以内の出来事だ。

最近は趣味をきかれると「読書」と答えるくらい私は本が好きだ。なかでも文庫が好きで、あの両手に収まる感じと文字の小ささがたまらなく可愛く思う。
目の前にそびえたっている本棚は、建築設計事務所が開発・デザインした、お気に入りのもの。1Kの狭い家から1LDKの少しゆとりのある部屋へ引っ越ししたタイミングで、奮発して買ったものだ。木材が格子状になっているだけのシンプルなもので、人に言わせると自分で作れそうなものらしいが、私はこの無駄のないデザインやコンセプトは、プロの技なのだと信じている。

1つ35cm四方の棚内には、文庫本だと60冊入る。この本棚の良いところは、棚の中に、更に棚を作ることができることだ。おかげで、一列20冊×3列分の文庫をざっと見渡せるようになっている。これがまた見ているだけで一杯できるくらい、眺めが良いのだ。

「講談社、新潮社、、、集英社、早川ミステリ系もあるよなぁ・・いわは文庫、、」
「ん、なんて?いわは?」
「うん、あ、がんは?」
「いわなみ文庫だってば。知らないと恥かくぞ」
「えー、新潮社とかくらいはさすがに知ってるけど岩波文庫の本、買ったことないよ。自分が好きな本が、がんなみだから知ってるだけでしょ。あ、ほら。法服の王国とか法窓夜話とか、そっち系のばっかじゃん」
「いわなみ、な。いや、でも岩波文庫って一番歴史あるやつだぞ」
「あ、そう」

これまで本を買うのに、出版社やレーベルなんて気にしたことがない。人にオススメされたものを買うようにしていたので、自分の意志で本を買うとすると、新幹線の移動用で時間つぶしのために選んだようなものばかりだ。今は出張がほとんど無くなったので、そんな機会もめっきり減ってしまった。

「メディアワークスって、多分一冊しかないよなぁ・・あ、また新潮社だ。え、サラバ!は小学館なの?!」
三分の一ほど仕分けが終わると、すでに手元にある本の傾向がわかってきた。ダントツで新潮社が多い。角川と講談社は同じくらい。幻冬舎はよく見る名前な気がしたけど少ない。集英社、ちくま文庫は、ぼちぼち・・
もっと極端な偏りがあるものだと思っていたが、意外とそうでもないようだ。

「あ、背表紙って出版社ごとに、ある程度ルールがあるんだね」
「さすがにそうなんじゃない」
「新潮社の背表紙の色が主張されてる感じ、好きだなぁ。角川はなんか丸があるな。しかも緑とか橙とか色が違うんだけど・・何の意味だろ、これ」
完全にお湯の分量を無視した陶器コップなみなみのコーヒーをすすりながら、自分が手掛けた文庫スペースをリビングから眺めて小休憩をとる。

こうみると出版社ごとに少しずつ特徴があるものだ。海外ミステリー小説といった、自分では絶対手にしなかったものは、特別にまとめて手前に並べておいた。まだ床には本棚に収まりきってない本が積まれているなか、満足気にそれを眺める。

「上段、本戻すから椅子もってきて」
「はいはい、なんか私のほうが運動量多くない?」
「気のせいでしょ」
「はいはい」
次々に、分厚くてかたそうな背表紙のもので棚が埋め尽くされていく。

少し丸みのある段々の背表紙達を眺めながら、本屋にミステリーものを探しに行ってみよう、と思う雨のあがった昼下がりだった。

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