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ガラス玉1つ落とされた


先日、大学時代のサークルの先輩に誘ってもらって箱根旅行に行った。僕含めて、6人。僕以外全て先輩で、社会人であった。
自分で言うのもなんだが、割と先輩には可愛がってもらっていて、サークル内で旅行部というものが秘密裏に存在しているが、先輩達より下の代で入っているのは僕だけ。これが証左だと思っている。
先輩たちが卒業する際に、僕だけカニ食べに福井まで連れてってもらったことも、可愛がられMP(マウントポイント)。

箱根旅行の中身は割と濃いものだった気がする。先輩が「今年入ってこの二日が一番笑った」と言っていて、まぁ全般に楽しいものだった。ピンポイントに停電になってて初日に温泉は入れなかったけど。
しかし、僕に関しては、ただ一点だけ決して楽しいとはいえない出来事が発生していた。それが<>に書いてある内容に関わるもの。

時は初日の深夜。厳密には2日目。食事を終え、適度な酒を嗜み、流れによって皆で遊ぶ時間となった。やった内容は、お絵描きでの伝言ゲーム。
最初の人は言葉でお題が与えられ、その絵を描く。次の人は最初の人が描いた絵を見て、また次の人に繋いでいく、そして最後の人が与えられたお題を答えられるか、というルール。

僕はまぁ、基本的に絵心なるものを母胎に忘れてきているので、しっかりと文句のつけようが無いほど絵が下手で、苦手である。人生のことあるごとに避けられる絵描きイベントは回避してきた。巧みに。
でも、今回のは避けられないイベントだった。やりたくなかったけど、一番後輩の僕だけが参加しない、というのはまぁ空気として、輪として選択できない。「はい」or「YES」or「Ja」だ。
絵が下手だからといって、道化として振る舞うことは無い。僕としては真面目にやっていた。でもやはり下手で、僕が描いた絵は次の人にうまく伝わらない。何時間くらいしてたんだろうか、2時間とかはしていた気がする。
僕の絵は下手で、僕を通過すると正答難易度が上がる。これはもう周知の事実になっていた。
それだけならまだ良かった。遊びとして娯楽として、笑いの要素として在って良かった。「わからん(笑)」と言われて、多少の傷つきはあったけれど、それくらいの傷つきは日常よくあることで、唾つけときゃ治る。
でも違った。きっと、その人は何気なく言ったんだろう。ペラペラの紙だってしっかりとした切り傷をつける。画鋲だって深く刺されば致命傷だ。

「伝える力が無いよな」

これを聞いた瞬間に、僕の心がパリンパリンと砕け割れた。
結構しっかりと音が聞こえたぜ?かつての恋人に別れを告げられたときでもこんな音聞こえなかった。
世界が遠のく感覚がした。一気に僕の中のモードが切り替わり、猛烈な希死念慮が襲いかかってきた。
でも、それを外に出すわけには行かず、ぶ厚めの仮面被った。普通に落ち込みはバレていたけど、希死念慮を抱いているとかはバレなかった。
心のなかで何度も自傷していた。
それを言われて、30分後くらいに会はお開きとなり、各々が就寝準備に入っていった。
僕の心にはずーんと残っている。これを書いている今も鮮烈に残っている。
今度から絵を描きにくくなってしまったな。絶対、都度この言葉がフラッシュバックするんやろうな。軽いトラウマだわよ。

描きたい絵は僕の心の中にはあって、既に完成していて。あとはそれを実体化するだけだけれど、なかなか行動に起こさないそれを、いっそう起こしにくくなっている。デザインツールとか使って描くつもりやから、そんな伝言ゲームくらい崩れたものにはならないはず。
空っぽな絵が描きたい。

この経験を深く省みることは難しいようだ。おそらくかなり気は沈んでしまう。自分を守る為に、ここらへんで留めておく。

追伸。食べた料理はどれも美味しかった。遊んだ疲れはまだ少し残っている。

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