山姥海姥(やまんばうみんば)ショートストーリー
あたしは以前、山姥だったんだがね、今は海姥なんだよ。海姥ってあまり知られてはいないだろうが……。
そうかい、あんたも知らなかったのかい。
まあ、聴いておくれよ。あたしの話。
かなり昔のことさ。あたしゃ泣く子も黙る山姥でね。恐れられたものさ。
道に迷った人間を惑わしたり、頂いたりしたんだが、そんな生活に嫌気がさしたというか飽きたというか、あたし自身が時代にそぐわなくなって。だもんで山を下ったのさ。
結構歩いたかね。すると海に出たんだ。話には聞いていたが向こうの向こうのそのまた向こうも海が続いていてさ、あたしゃたまげたよ。なんせ初めて海を見たんだからね。
そこで出会ったのが海姥でさ。私たちは見かけが良く似ていて姉妹かと思ったよ。
勿論意気投合してさ、初めて友達ができたと思ったんだ。化け物の友達なんて今までいなかったから、すっかり舞い上がっちまった。
海姥が言うんだ。海も飽きたし、しばらく山姥になってみたいってね。
あたしも海には興味があったけれど海のことは全く知識が無くってさ。暫く海姥の側で勉強させてもらうことにしたんだ。
目にするもの聞くもの全てが初めてでさ、本当に楽しかったよ。
ところが人魚の話を聞いて、気持ちがそがれてしまったんだ。
あいつら、昔聞いた話とは随分違うようで、かなりの性悪なんだ。ローレ何とかという歌を歌うとさ。船上の男達がウットリして、海に飛び込むんだと。そして人魚の餌食さ。あいつらの食事の後は、筆舌に尽くし難いっていうやつさ。おぞましい。
で、その人魚とやらを見物に行ったさ。実地検分だよ。
人魚たちは私が見たどの人間よりも美しかったさ。ただ下半身が魚でね。
こりゃ、ご立派な妖怪だと思ったね。
あたし達は人間でも男でもないので、あいつらの歌に惑わされることは無かったよ。
あいつら、あたし達に汚い言葉で散々悪態をついたさ。大勢であたし達を取り囲んでさ。よくもあんな酷い悪口が次々と浮かぶもんだよ。中には嚙みつくやつもいてたまげたが仕舞いには感心したよ。品性の欠片なんてコレッポッチも無いんだからな。あそこまでいくと大したもんだって。
やれやれ、海姥が逃げ出したい気持ちがわかったよ。あたしだって嫌だ。
そう思って後ろを振り向いたら海姥は消えちまっていたんだ。きっとあたしが住んでいた山に行ったんだね。あたしがここに来た時から目論んでいたんだな。やられたよ。
それで私がここで海姥にならないといけなくなったんだ。妖怪のテレトリーは一つしか許されないからね。
え?人魚かい?あいつら放浪妖怪だからね。あたし達とは違うんだよ。あたしら定住妖怪なんだ。
今の山姥はどうしているかね。山に飽きたら帰って来るかね。
どちらにせよ、山も海もミステリアスな部分がほとんど無くなってしまってさ。あたしゃあの人魚たちにも帰ってきて欲しいとさえ願うこの頃なのさ。
生きにくい世の中になったもんだね。
あたしのテレトリーはますます狭くなってしまったよ。
いや、あんたのせいだとは言わないがね。
でもあんた、少しは加担しているんだろ?どうなんだい?
おしまい 1337文字
海姥(うみんば)は私の想像上の妖怪です。でも、もしかしたらどこかの海辺には存在しているかもしれません。めい