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トイレの猫 ショートストーリー

トイレに入る。入る理由がある。
勿論、通常の使用ではない。

その女子トイレの奥の個室を七回ノックする。
それが合図。
ドアを静かに開けると、そこは確かにトイレ。『どこでもドア』などでは無い。

そのトイレには猫がいる。
住んでいるようでもあり、気まぐれに現れるだけなのかは不明。
ドアを七回ノックすると現れることが多い。

時々、言葉を交わすようになった。
誰かに飼われているのではないかと思うほど毛並みの美しい白猫。
最初は驚いたが日本語を話す猫。お互いの好奇心が高まった。

しばらくして白猫の名前を知った。
この猫の名前は『コダイ』と言う。
彼女が言うには、漢字は『古代』と書くそうだ。
もしやと思って尋ねてみると、古代から来ていると言う。
なぜこの世界に姿を現したのだろう。それなりの事情があるようだったが。

彼女に七回目に会った時、彼女は卑弥呼に会って来たと言った。卑弥呼は奈良時代、平安時代より前の弥生時代の女王だったはず。

すると、コダイは毛繕いしながら、いとも簡単に
「私、タイムワープできるから」と言った。

「タイムワープできるのなら、なんでトイレに現れるの。もっとマシな場所無かったの?」

「こんな事言うのも失礼だけど、あなた知らないの?習ったでしょ?」
「な、なによ」ちょっと頭に来た。

「あ、この時代はまだ謎のままだった」
「な、何がよ?」
「他言は無用よ。このトイレは卑弥呼の墓に一番近い建物だから、ワープの拠点として使っているの」


確かにここは公衆トイレ。街はずれにポツンんと建っている。元々は小さな遊園地があった場所。遊園地のトイレだけが、公衆トイレとして残った。
この辺りは緑化され、散歩などに訪れる人も大勢いる。その人たちのために再利用されている。

こんな近くに卑弥呼の墓があるなんて信じられない。

「私ね、卑弥呼の相棒だったのよ。猫は『魔の者』と言われていたのだけど。そんなことは無い。でも彼女は何かを読み取る力を持っていた。啓示のようなものをわたしから受け取っていたの」

「何と言ったらいいのか判らないわ」
「別に信じてくれなくても構わない。あなたの前に私が現れたのは理由があるのよ」
コダイの目が怪しく光る。ゾクッとする。
「な、なんだか怖い。知りたくない」
「そうなの?じゃ仕方ない。あなたとは波長が合うと思って近づいたのだけど。他を探すわ」
コダイはあっさりと引き下がった。
私はホッとした。

「あの、なんかごめんなさい。あの、卑弥呼の墓はいつ発見されるのかしら?」
「明日かもね。10年先かもね。永遠に見つからないかもね。あなた、卑弥呼の墓がこの辺りにあるって事忘れてね。約束よ」

その後、コダイに会うことは無かった。


彼女の話に乗っていたら、私はどんな人生を送ることになっただろう。私は今の普通の高校生であることに満足している。でも時々、コダイと時空を行き来する自分を想像することもあるけれど。そう、想像だけで良い。


え?あなた、ここの場所が知りたいですって?
どこかの街にここのような公衆トイレがあったら、女子トイレの奥の個室を七回ノックしてみれば分かるかもね。あ、女性限定よ。お忘れなく。


おしまい 1276文字

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#猫