【37】 舐めた鬱
9才年上のTは、別に奥手だった訳ではなく、恋愛で失敗すること、特に社内恋愛でやらかしてしまうことを危惧していた。
長男で、長い間恋人がいなかったTを心配したご両親の「結婚してほしい」という強い願望から、時代にそぐわぬ「お見合い」のようなことを数年させられていたらしい。自然と結婚を前提とするお付き合いとなり、話が早くて有難かった。
しかし結婚できるという安心感と気の緩みで、私の欠勤癖が悪化してしまい、ほどなくしてその楽器店は退職してしまった。婚約者がいる恵まれた幸せな環境であるにも関わらず、何故か私の鬱は悪化した。
結婚するという責任感、義実家やその親戚たちとの人間関係が煩しく、面倒なことこの上ないと思った。縛られれば逃げたくなるし、救われれば堕ちたくなるし、二人でいれば一人になりたくなった。
ないものねだりの天邪鬼な自分の性格に、私もTも疲れていたが、Tの意思は固く、不機嫌になることはあっても私を見捨てなかった。すごい忍耐力だと思った。
Tは基本的に超プラス思考のポジティブな性格で、ある程度のことなら一晩眠れば忘れてしまうので、喧嘩して関係がギクシャクしても、私さえ割り切っておればすぐに元に戻れた。Tが一番嫌がるのが自傷行為で、これだけはすごく怒られたし悲しませてしまい、ストレスの胃痛で眠れなくさせた。親からの遺伝で、何かあればすぐに胃痛で苦しむTに、何度も地獄を見せてしまったが、それでも前向きな姿勢は崩れることなく、付き合って約半年後には同棲するところまで進んだのだった。
11月に付き合いはじめ、6月から同棲し、今のマンションで暮らしはじめる。私の一人暮らし生活は実質4ヶ月ほどで、新居にうつるまでは半同棲生活。一年たたずして、一人暮らしのアパートは引き払うことになった。すごいスピード感だ。
お互いの家から家具家電をもちよって引越しをした。私は、就労支援事業所で事務のパートをしながら、両家の顔合わせやTの友人への挨拶まわり、結婚指輪の準備などで、私生活を忙しなく過ごした。
幸せな反面、希死念慮のない生ぬるい鬱はしっかりぶり返す。数年ぶりに精神科へ通うことになり、大量の処方薬に溺れる一方で、ここで高校時代の親友、Qと再会する。
ここから籍を入れる頃までの約半年間、基方的に処方薬と金パブと酒で肝臓を殺しにかかる過去最大のラリ期となり、記憶がまるで夢のように溺れげとなる。
ずっと変わらない私の電話番号にかけてきたQと、久し振りに話し現状報告をしあった。学生時代のギクシャク感は不思議となくなっていた。ただ現在のそれぞれの痛みやメンヘラっぷりを変わらぬ口調で喋るのは楽しかった。隠しごとの必要ない、お互い死にたがりの関係はラクで、また昔の親友関係に戻り、何度か会って遊んだりした。