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2023/2/17 『渚にて』

けだし満潮の頃には辺り一面
人魚であふれていた
けれどもわたしは彼等の言葉を理解しない
そのためにオイルで汚れた海を
悲しそうに見つめる彼等になんと言えばよいのかを知らないのだ
ひとつの疑問は
波打際に泡立っている
ここから見える原子力発電所の大きなタワー
わたしはその内部に潜入し
一人の技術者に話をする
「人魚たちに説明する責任は誰にあるのですか?」
彼はすでに年齢に於いて退職が近づいている
「まずは人魚たちの言語を分析しなければならないでしょう」
彼の発言は正しいのであるが
最新の言語解析装置を使用するとしても
まずは彼等の近く行かなければならない
わたしは言った
「その仕事をわたしにやらせてくれませんか」
彼はしばらく考えてから
「わかりました。それではわたしの個人的持ち物であるこの装置を
あなたに預けましょう」
わたしは彼から預かった装置を持って
浜辺に集まる人魚たちの所へ向かった
「もしもし わたしはけっして 危険な者ではありません」
「あなたがたの言葉を理解したいのです」
「この機械にあなた方の言葉を録音して、分析して、会話できるようにしたいのです」
時間はかかったけれど、彼等はなんとか理解してくれた
数時間の間わたしは彼等の言葉を録音した
そして技術者の彼の所へ届けた
その後彼から連絡があり
わたしは彼の事務所へ出かけた
彼は言った
「大丈夫です。これで彼等と会話ができます」
そう言って彼は小さな別の装置を渡した
わたしは礼を言ってすぐに人魚たちの岸辺へ向かった
わたしは彼等の前で装置に言った「こんにちわ」
すると装置は「ドド ムム チト ムレ」と彼等の言葉にして
伝えてくれた
彼等はニコリとした
完全に伝わっているようだ
「まずは あなたがたに あやまりたいのです」
「海をよごしてしまって ごめんなさい」
「けっして 悪意があってのことではないのです」
「そのことを 理解してくれますね」
彼等はしっかりとわたしの言葉を聞いている
それから長い会話がはじまったのである。