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天動説的同性愛(急)

 甘ったるい香料がナオの鼻を突く。薄く開かれた視界に入るのは見慣れない家具の配置に壁紙。他人の領域にいることをナオの五感が感じ取っていた。人の部屋に入るなんて何年ぶりの事だろうか、とぼんやり考える。
 少女を見て服装が変わっている、とまずナオは思った。そのことについて触れてあげようか、という考えが脳内をはしるがうまく言葉を紡ぐことができなかった。女の身体を倦怠感が押さえつけている。なすがままに思い切り身体をベットに預ける。ベットに寝かされたナオとそれを覗き込むワケル。これではどちらがこの部屋の主なのか分からない。ナオの顔に思わず苦笑が浮かぶ。少し情けなさを感じた。それを見てワケルも少し、笑った。
「ナオ、ごめんね。急に倒れちゃったからウチに運んできちゃった。」
「身体、大丈夫?どこも痛くない?」
 ワケルの言葉からはからはナオの見慣れない、肌なじみのない親密さのような香りが感じられた。部屋に漂う安っぽい甘い香りのみでなく彼女の口調からもそれが感じられる。その甘い香りにナオの心はするりと包み込まれていった。
「……私はさ、さっきのナオの話信じるよ」
「なんだかナオって不思議な感じがするんだ、今まで会ったことない不思議な感じが」
 ワケルはナオに覆いかぶさるような姿勢のままにささやき、言葉を紡ぎ続ける。潤んだ瞳がナオを捉えて離さない。言葉と言葉のわずかな隙間に挟まれる、彼女のその吐息の重さには何か、何か大きな感情が隠されていた。
 今、彼女が自分の身体に手を伸ばして来たら自分はその手を払いのけるのだろうか、少女の語る未成熟な言葉をなだめる事ができるだろうか、今のナオには自分が何をするのか分からない。
 彼女はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ねぇ、こっちでは子供はどうやって生まれるの?」
 その言葉を聞いたワケルの顔がみるみる紅潮していく。はじかれたような勢いで少女の手が女に向かっていった。
 ナオの思考は絶えず回り続けていた。反応から見てもおそらく、ここにおいても生殖は可能なのだろう。ナオは少女からのその答えを受け取って安堵の中にいた。なら、してもいいと思った。それゆえに少女の手をあえてはねのける事はしなかった。
 ここでもなんの変わりもなく、こうやって人間の鎖は紡がれてきたのだ。それに身をゆだねてみようと思った。人は人と紡ぎあいながら生きていく、その事実に抱かれ女は暖かさの中に沈んでいった。

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