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読書日記190 【働きアリに花束を】

 爪切男さんの作品。『死にたい夜に限って』という作品がドラマ化されたりしている。ドラマをTberで発見して観ていて、ちょっと人間を辞めたくなったので(笑)本を買って読んでみた。こういう昭和的な文章が高齢化のために流行っているんだろうなと思う。日本の今のとは言わないけど、閉鎖的で多様化を認める反面、勤労とか努力とかを認めない社会。文学も同じで特殊で異様な世界だけが残ってしまうというか?内に伸びていく落ちていくような世界観を味わう文章がすごく増えている。

 爪切男さんが若い時から、日雇いで働きながら、仕事先で出会った人たちのことがエッセイで書かれている。新興宗教を熱心に信仰する彼女の地元で生活をする予定だった著者が、その彼女と別れることで仕事先と住むところを失う。著者の地元に戻って生活をしようとするが、東京に出ることを親に薦められて、東京に旅立つ。日雇いの仕事をしながら東京で生活をしていく。日雇いから居酒屋のバイト。そしてヤフーチャット(懐かしい)で知り合った彼女のアスカと同棲を始める。

 正直にいうと、『物書きになるという夢をみた青年がバイトに明け暮れて現実を知り、壊れていく青年の主張』のように見える。普通の本当にそこら辺にいる普通の男性のような感じがする。物語もところどころにそういう感じが残る。ただ、著者は物書きになっていく。web制作会社でバイトを始めてメルマガの編集長になっていく。同棲しているアスカとの生活も何年も経過していく。アスカが知り合い時のバイト(唾を売る仕事)からチャットレディになったり、ハンドモデルを目指したりする。そこらへんの笑いへの持って生き方は、本当に昭和な感じですごく面白い。

 後半は小学生のときからのバイトというのですごく懐かしかった。御多分に漏れず、僕も貧乏だったので、田舎では著者と同じことをしていた。内職や山菜取り、カブトムシの幼虫の袋詰めや、カイワレ大根の種まきなど、小中学校でもアルバイトをしていた。中学生の後半になって自転車を手に入れてからは新聞配達や近くのえのき栽培の工場のバイトなどとちゃんと給料をくれるバイトに代わっていくのだけど、それまでは小遣い程度にもらえる仕事の手伝いを懸命にこなしながら、何百円という労働の対価をもらう喜びをかみしめていた。労働は生活苦のためにもあるけど、労働の対価のためでもある。暑い中で労働をして冷たいビールなんかもそうだし(酒が飲めないために味わえないけど)帰ってからの美味しいご飯だったり、デザートだったり、小さな対価がなければ労働はできないし、精神が歪んでいくと思う。

 小学生高学年の僕はその安い対価で、更に週刊ジャンプを友達から安く買うように交渉して2週間遅れのジャンプを買って(確か古本屋が10円で買い取っていたので3冊で50円で交渉したと思う)その2週間遅れののジャンプを読んで(『キン肉マン』や『北斗の拳』が始まったばかりだった。『気まぐれオレンジロード』が好きだった)夏になると自分でつくった自家製のレモネードを(レモンをくれる農家さんがいた)冷蔵庫で冷やして、涼しい夜中に楽しく読んでいたことを思い出す。「わびしい」と言われそうだけど、労働の対価としては今でも「最高峰」たと思っている。

 週刊漫画雑誌を買わなくなってしまったけど、東京に住んでるときに、コンビニで月曜の朝にかった缶コーヒーとジャンプはすごく懐かしく感じる。26歳くらいで何故か辞めてしまったけど、続けていてもよかったなと今にして思う。労働って失うものも大きいけど、普遍的なものも存在する。つい最近に仕事場で知り合った65歳の仙人のように髪を伸ばしている(1m以上はある)おじいさんも、ビックコミックオリジナルを未だに買って読んでいた。もう25年は続けているらしい。暗がりの鉄工所で朝早くに髭がぼうぼうに伸びた長髪のおじいさんがエコーを吸いながら漫画雑誌を読んで笑うさまはちょっと異様な雰囲気は周辺に漂うけど。

 初期の作品群の『マスターキートン』と『家裁の人』の話とするとすごく盛り上がった。熟年離婚されて今では、松本市の駅前にあるガールズバーで月一回飲みに行き、その後の風俗までが楽しみな労働者が、仕事場の給湯室でポマードで白髪交じりの長髪を固め、1ヶ月間そらなかった髭を丁寧にそってニコニコして出掛けていく様は、まるで仏教徒の祈念のようにもみえる。「65歳にもなって」という声が聞こえてきそうだけど、その純粋なまでの女性への思いはまるで、その邪悪さを越えて見ていて高尚な感じさえある。こういう「労働の対価」は汗まみれで労働をしたことがない人にはわからない風景だろうなとは思う。

 労働者が消えていく世界観でこういう著者の文章はすごく心に響く。ネットを文字が駆け抜ける時代に何故かレトロな俗物的な文章がこの異様な世界観をちょっとだけ落ち着かせてくれる。すくない「労働の対価」がまるで自分にとってもオアシスのように感じられる。懐かしくそして爽快で夏の熱帯夜に読みたい作品だと思った。

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