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黒葡萄

思いがけなく、見事なピオーネをいただいた。ハリのある実がみっしりとついた黒葡萄。洗って冷やしておいてから、たまたま帰省していたエンジニアの長男と向き合って食べる。
「葡萄ってさ、食べてる時、何もできないよな」
LINEの着信音が鳴ったスマホに目をやって、長男が言う。
濃紫の葡萄の皮は案外しっかりしていて、爪の先で丁寧にゆっくり剥かなくてはならない。そうしているうち、みずみずしい果汁がしたたり、その指ではスマホも何も触ることができなくなる。ほんの小さな一粒を食べることだけに時間を使う贅沢。

七つ八つと皮を剥いては葡萄を口に運びつつ、ぽつりぽつりと話す長男の近況に耳を傾ける。エンジニアの仕事の理想と現実、自分の力でできることとできないこと。次のステージへ向かうためにチャレンジしたいこと…。新卒一年目の長男の決意が、言葉の端々に見え隠れしている。

お互い、手元の葡萄へと落としたままの視線。少しばかり深い話にもさり気なく相槌を打てる空気感。
黒葡萄はそんな時間を紡ぐ果実だ。

(ひたすら葡萄を食べ尽くしてから「ハッ、写真を撮ってない!」と気付いたものの後の祭り。葡萄の画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借りしました)

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