吉備団子を求めて。
そいつは唐突にやってきた。木曜のことだった。
仕事のメールを打ちながら突然、ひとりで遠出したくなるあの感覚が急にやってきた。普段はそんなことがあったとしても、すぐに収まることを分かっている自分は自分の気持ちを放っておく。現実逃避的な考えから生まれる唐突な欲望は、ろくなものじゃない。でも今回は違った。急にふと、しかしかなりの熱量で岡山に行きたくなったのだ。当時は自分でもなぜ岡山だったのか、理由は分からなかったが、出勤時に見かけたJRの直前割のポスターが些細なきっかけになっていたことにはそれから岡山の道中で気づくこととなる。
私は日本を出たことがない。パスポートも持っていない。学生時代の修学旅行は京都と沖縄だったし、大学の卒業旅行は北海道から東京への青春18きっぷ旅だった。旅行が嫌いというわけでなく、むしろおそらく好きの部類に入るはずだ。バックパッカーや、日本一周なんて大それたことができるほど度胸も度量もないが、国内はそれなりに自分のお金で回っており、全都道府県制覇は私の小さな夢の1つである。岡山は私が足を踏み入れていない数少ない県の1つだった。
「金曜日の夜に、行くか決めよう。」
そう言い聞かせながらも、どうせ行かないだろうと、私は私に高を括っていた。
しかし金曜の夜の私は、私の予想を裏切ってきた。仕事帰りの疲れた体と23時。私はことのほか迷うことなく、スムーズに新大阪から岡山への新幹線を予約していた。こういう時の私の行動力には、私自身が驚かされることがある。何がそこまで大きな原動力となったのだろうか。とにかく私は岡山の引力に強く引かれていた。
急な思いつきだったが、幸いにも前回装填していた36枚撮りのシネスティルがかなり余っていたのに加えて、同じく36枚入りのコダックのフィルムが丸々1本残っていた。
ニコンFE2とニコンD610の手入れを済ませてから、一泊二日分の荷物をまとめる。今回はカメラ2台にレンズ4つと機材が多いから、持っていく服は最小限で。大きめのリュックがパンパンになったところで、旅の支度を終えて、浅い眠りについた。
旅の写真を、一足早く。
つづく
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