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【創作】Yuru*日和|翠との出会い

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※この物語はフィクションです。
 登場する地名・店名はすべて架空のものです。
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「夏樺!おかえりー!」

今日も仕事から帰ると、彼は嬉しそうに玄関へ出迎えてくれた。

「ただいま。・・・はい、お土産。」
「・・・!新作のバナナチョコフラッペ!?ありがとう!早く飲もうぜー!!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねて、彼は駆け足でリビングへ走っていく。
その姿が可愛らしくて、私も少し笑いながらリビングへと向かった。


・・・え?
子供みたいに無邪気な彼氏だね?


・・・残念ながら、彼は私の彼氏ではない。そして、夫でもない。


・・・いや、それよりも、彼は人間ではない。


私よりも小さな身長、白黒模様の体、きゅるんとした瞳、
そして、美味しそうにフラッペを飲む、黄色い"くちばし"。

彼は、とある事がきっかけで同居している、『ペンギンの男の子』だ。



ー1ヶ月前ー

「えっと…キャラメルフラッペのホイップクリーム大盛り、
キャラメルソース多めで、あと、チョコチップ追加で…お願いします…。」

葉月市のLapis Cafeラピス カフェは、私のお気に入りのお店だ。
店内の落ち着いた雰囲気も大好きだし、コーヒーはもちろん、紅茶やとスイーツ等どのメニューも絶品。
その中でも私は、月に何度か自分へのご褒美として買う、定番メニューも期間限定メニューも豊富なフラッペが一番好きだ。

「お待たせいたしました~!・・・あ!お姉さんこんばんは!いつもありがとうございます!」

カウンターでフラッペを渡してくれた女性店員は、私のことを覚えてくれているようで毎回このように挨拶をしてくれる。
嬉しい気持ちもあるが、この時の私は顔を見られないようにうつむきながら、素早くフラッペを受け取って会釈をするのが精一杯だった。

(・・・今日も、店員さんにちゃんと挨拶返せなかったな・・・。)

はぁ、と深いため息をつきながら、私は店を後にした。



私、夏樺なつかには、"周りと違うこと"があった。

髪の毛は黒に近い茶色。肌は真っ白でも真っ黒でもない、一般的な肌色。

それなのに、なぜか生まれつき瞳の色がグリーンであることだ。

このせいで、幼い頃から色々な言葉を浴びせられた恐怖心が今も消えることはなく、私は今も顔を見られないように前髪を伸ばし、なるべく下を向きながら生活をしている。

今でも時々、当時言われたことを思い出しては落ち込んでしまう事がある。
だけど、大好きなフラッペを飲んでいる時は、なんだか幸せな気持ちになって嫌なことをすべて忘れることができるのだ。

(やっぱり、定番のキャラメルが一番美味しいなぁ・・・。
チョコチップのザクザク感も最高・・・!)

フラッペを飲みながらしばらく歩いていた私の顔は、おもわずにやけてしまっていた。

(そういえば、もう少しで夏季限定のフラッペ出るんだよな・・・
また来週あたり行こうかな・・・)

そんな事を思いながら歩いていた私だったが、自宅のすぐ近くに着いた途端、思わずピタッと足を止めた。

自宅の玄関の前に、何かがいる。
犬でも猫でもない。二足で立っている『何か』がいるのだ。


恐る恐る近づいてみると、つやつやした黄色いくちばしを付けた『何か』が、ジーっと私を見つめている。



「・・・・・・・・・・ペンギン・・・?」


どこからどう見ても、ペンギンだ。

あまりの信じられなさに、ペンギンをじーっと見つめ返すが動く気配が全くない。


「・・・ぬいぐるみか・・・。でも、何でこんなところに・・・?・・・てか、よだれ垂れてる・・・?」



不思議に思いながら、どこかに移動させようとぬいぐるみを抱きかかえた途端、



『なぁなぁ、それって美味いのか?』


「・・・へっ?」


ぬいぐるみが突然もぞもぞと動き出し、突然喋りだしたのだ。


『アンタが嬉しそうに飲んでるやつ!それって美味いのか?』


「・・・えええええええ!?!?」


パニックになってしまった私は、ペンギンを抱きかかえたまま自宅の玄関を開け、バタンと大きな音を立てて扉を閉めてしまった。



『夏樺・・・ "ふらっぺ" ってこんなに美味いんだな・・・!』


今、私の家で、私の目の前で、ペンギンがにこにこしながら、というか人間の言葉で喋りながら、私のフラッペを飲んでいる。

理解不能なことが一度に起きていて混乱してはいたが、何故だか不思議なぐらい冷静に受け答えが出来た私は、家の中に入ってもよだれを垂らし続けていたペンギンに飲みかけでも良かったら、とフラッペをあげたのだった。


「・・・今更なんだけど、あなた、どうして人間の言葉が喋れるの・・・?」


私の質問に、ペンギンは困った顔をして首をかしげた。


『う〜ん・・・?俺が喋れる、じゃなくて、たぶん夏樺が俺の話していることが分かる、なんじゃないかな?』

「・・・?」


あ、この子オスなんだ。
・・・じゃなくて、え?どういうこと?


『俺、"人間の言葉で喋ろう!"みたいな意識?みたいなの、なーんにもしてないの。いつも父ちゃんと母ちゃんとか、兄弟に話すように喋ってるだけ。だから"しーくいん"の奴らには俺たちの話は全く通じないけど、夏樺は俺が何言ってるかが分かる、って感じかな?・・・ふぅ。ごちそうさま!』

フラッペを飲み干したペンギンは、自分のお腹をさすりながら満足そうな顔をしている。


「"しーくいん"・・・?・・・え、飼育員・・・!?あなた、まさか水族館とかから逃げ出したんじゃ・・・!?」


『・・・!夏樺すごいな!何で分かったんだ!?』


ペンギンがキラキラした瞳をしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

可愛い。
・・・って、そんなこと思っている場合じゃない。これは大変だ。


どこへ電話をかけようか調べようと、テーブルに置いていたスマホを手に取った途端、ペンギンは焦った表情をして


『わー!!!!やめろ!!!!どこにも電話するなぁぁぁあ!!!!!』


と叫んだ。



結局、その後もあまりにも電話をするのを嫌がるので、しかたなく諦めて彼の話を聞くことにした。

そこで分かったのは、彼は今朝、葉月市内の水族館から逃げ出してきたとのことだった。

理由は・・・≪ご飯が魚ばかりで飽きたから≫ らしい。

『魚も美味いけどさ、もう食べ過ぎて飽きちゃったんだよ。どうも俺ザッショク?で何でも食べれるみたいで。だったら色んなもの食べたいなーって思って、逃げてきちゃった。・・・あ、家族にはちゃんと言ってあるし、兄弟も多いからどうにか誤魔化せると思う!母ちゃんがそのへん上手くやるって!だからお願いだよ~!水族館には絶対に連絡しないでくれよ~!!』


え?雑食のペンギン?
てか、お母さん、理解ありすぎじゃない?
というか、兄弟多いからって誤魔化せるもんなの?
ニュースとかにならない?うちに警察来たりとかしない?


頭の中に、たくさんの「?」が浮かんでいる。が、色んな事が起こりすぎた反動なのか、私は考えることを完全に放棄してしまっていた。


『それでさ、夏樺。1つお願いがあるんだけど・・・。

俺をしばらく、この家に居させてくれ・・・。』


トコトコと歩いて近付いてきた彼が、私の手をぎゅっと握り、瞳をキラキラさせながら聞いてきた。



あざとい。
絶対に自分で可愛いと分かっている仕草をしている。

そもそも、水族館から逃げ出したペンギンを私の家に居させる?


そんなの、許すわけ・・・許すわけ・・・


「・・・いいよ。」

あまりの可愛さに、私はおもわず即答してしまった。
何が何だか分からなさ過ぎて、やけになってしまったのだろうか。
もう自分でもよく分からない状態だ・・・。


『やったぁ!ありがとう、夏樺!』


喜んでいたペンギンを横目に、私は深いため息をつきながら下ろしていた前髪をくしゃっと上げた。


その時だった。


『・・・あれ?・・・夏樺。夏樺の目って・・・』


ペンギンその一言に、私はそそくさと前髪を下ろした。全身には一気に冷汗が出ている。


完全に油断していた。


私がペンギンの言葉を理解していなければ、たぶん最後まで気にすることはなかっただろう。

でも、彼の一言で、また過去の記憶が蘇り、身構えてしまったのだ。


「・・・何?・・・私の目が何・・・!?・・・やっぱりあなたも・・・き
っ」



『すっごい綺麗だな!!!!』



私の言葉を遮り、彼は眩しいぐらいの笑顔で言った。


私は彼の言っていることが全く理解できず、放心状態になってしまった。


「・・・え?」


『綺麗な緑色!宝石みたいにキラキラで!かっこいい!!』


「・・・嘘だよ、そんなの。」


あまりにもはしゃぐ彼の姿を見て、私はただ否定することしか出来なかった。


『嘘じゃないよ!すっっっごく綺麗!!!俺、今まで水族館で色んな人間見てきたけどさぁー。今まで会った人間の中で一番綺麗な色の目してる!良いなー。そんなに綺麗な目をしてたらさ、俺以外にも素敵だね、とか褒めてくれる人たくさんいただろ?』


彼の言葉に、私はハッとした。



幼い頃、私の目を物珍しく思っていた友達からは《気持ち悪い》と言われていた。

私にとってはその言葉が、その言葉だけが、ずっと頭にこびりついて離れなかった。

だけど彼の言う通り、彼以外にも《素敵だね》と褒めてくれる人は、確かにいたのだ。

私はネガティブな言葉だけに縛られて、ポジティブな言葉はすべて跳ね除けてしまっていたことに気が付いた。


『そんなに綺麗でかっこいい目してるんだからさ、髪の毛で見えないの勿体ないよ!さっきみたいに上げた方が絶対良いって!!』

彼の言動のすべてが心に響いて、今まで鎖のように離れなかった苦しみから、一気に解放されたかのような不思議な気持ちになり、私の目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


『・・・えっ!夏樺!?ごめん!俺、なんか酷い事言っちゃった!?』


「・・・ううん。違うの。・・・ありがとう・・・。」


彼はまた首を傾げて困っている。バタバタと慌てふためいている。
その姿がまたあまりにも可愛くて、私は泣きながら思わずふふっ、と笑ってしまった。



長い前髪をヘアピンで止めた私は、寝室で一人悩んでいた。

というのも、泣き止んで気持ちが落ち着いた頃に彼が突然、

『そうだ!夏樺、俺に名前付けてよ!かっこいいやつが良い!!!!』

と言ってきたのだ。

『水族館で"しーくいん"が名前付けてくれたんだけどさ、”ぺん太郎”って全然かっこよくないだろ!?だから、夏樺にかっこいい名前付けて欲しい!!!!』


「・・・ぺん太郎、可愛いじゃん。」


『可愛いのやだ!!!!かっこいのが良いのー!!!!』


ペンギンは床に寝転がってジタバタしている。


こんなに可愛いペンギンにお願いされたら、もう全部聞いてあげたいと思ってしまう。私ももう、色んな感覚が麻痺しているのかもしれない。

「・・・わかった。・・・少し時間貰っても良い?」

彼が首を大きく縦に振ったのを見た後、私は寝室へ入りノートとペンを取ったものの、一向にペンが進まずに今に至るのだ。


「・・・名前・・・かっこいいやつ・・・」


あのペンギンをペットという括りにしてもいいのか謎ではあるが、私は今までペットを飼ったことがないので、いわゆる名付け親になったことがない。


けれども、彼は私にとって、ある意味恩人でもある。
だからこそ、彼が望む"かっこいい名前"を付けてあげたいと思っている。

とりあえず、彼に対して思うことを書き出してみた。

  • オスのペンギン

  • 雑食で魚に飽きた

  • かっこいいのが好き

  • お目目キラキラで可愛い


・・・可愛いの嫌だって言ってたもんなぁ。


しばらく考え、彼との会話を思い出し、さらにペンを進める。

  • 私の目を「宝石みたい」と言ってくれた

その1行を書いた瞬間、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちになりながらもあることを思い出し、私は本棚に向かった。

取り出したのは、たくさんの宝石の名前が載った図鑑。

ぱらぱらとめくり、私はとあるページを見つけて1人で大きくうなずいた。

「・・・!・・・あの子、喜んでもらえるかな・・・?」



「・・・お待たせ。」

寝室に入り15分ほど経った頃、私は図鑑を持ちながら部屋を出てリビングのソファに腰かけた。


『お!待ってたぞー!かっこいい名前、決まったのか!?』

彼がぴょんっ、と隣に座ったと同時に、私は宝石図鑑を広げながら彼に伝えた。


「・・・翠(すい)ってどうかな?」


そう言いながら1枚のページを指差す。
そこには、緑色に輝く宝石、「翡翠」の紹介が記載されている。


『すい・・・?』


「・・・うん。宝石の翡翠、の ”翠” 。
あなたが、私の目を宝石みたいって言ってくれたのが嬉しくて・・・。

・・・”翠”って、"きれいな緑色" っていう意味もあるんだって。

あなたの特徴、というよりは、私が嬉しかったことをそのまま名前にしてみた、って感じなんだけど・・・どうかな・・・?」


おそるおそる聞いてみると、彼は図鑑に描かれた翡翠の宝石と、私の顔を交互に見た後

『すい・・・翠・・・!うん!かっこいい!それが良い!!!!』

と、羽根をぱたぱたとしながら喜んでくれた。


そんな彼の様子を見てホッとした私は、そのままポケットから1枚のスカーフを出し、彼の首に巻いてあげた。


『・・・?これは・・・?』


「・・・旅行に行った時に買った、珊瑚色のスカーフ。綺麗だなぁと思いながらもなかなか使う機会がなくて、大切にしまってたの・・・。
・・・ほら、こうして巻いたら、ヒーローみたいでかっこいいかな?と思って。」


スカーフを巻き終わり、「はい、できたよ」と言うと、彼はトコトコと鏡の方へ歩き、しばらく自分の姿をじーっと眺め


『・・・最高にかっこいい!!!!!!!!』


と、満足そうに鼻歌を歌いながら、飛んだり跳ねたりを繰り返した。



こうして、翠は私の家で暮らすことになった。

彼は雑食と自称していたとおり、普通の人間が食べるものを何でも美味しそうに食べる。


翠が暮らすようになってから変わったことは、食事が2人分になったこと。

あとは、家に帰ると「おかえり」と言ってくれる子がいること。

それから・・・私の前髪が短くなったことぐらいだ。


ちなみに、どういう訳だか、それとも彼のお母さんが懸命に対処しているのか、今のところ水族館からの捜索願なども出ていない。

そして、出会ってから1ヶ月が経った今も、なぜ私が彼の言葉を聞き取れるのか、理由は全く分かっていない。

"今はまだ"、ありとあらゆる謎が解明する兆しがない。
それはそれで心配ではあるのだが・・・


『ぷはあぁ~・・・バナナとチョコの相性、最高だなぁ~・・・』


「・・・こっちのフラッペも美味しいよ?少し飲む?」


『・・・良いの!?飲む!!!!!』

とりあえず今は考えるのをやめて、のんびりと、ゆるやかに、翠との日々を過ごしていこうと思う。


ー 続く ー



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