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18歳のバーテンダーと山田詠美とセブンセブンの話

思春期に夢中になったものは、呪縛のようだ。何年経っても色褪せるどころかその輝きは増して、いつでもその当時に戻ってしまうような、そんな呪縛。懐古主義的に昔を思い出して楽しんでいるなんていう、余裕のあるものでは決してない。強制的に引き戻されて、その時のあらゆる感情までが全てセットになったような、そんなトラウマのようなもの。私が高校生のときに夢中になったのは、ジュリエット・ルイス、ジャニス・ジョップリン、HIROMIX、CHARA、何よりも映画と読書が好きだった。そして当時、一番読んでいた作家は山田詠美だった。

山田詠美の小説やエッセイを読みあさっていた高校生の私には、とても気になる飲み物があった。それはセブンセブンというカクテルで(作品によってはセブンアンドセブンと書かれているのもあった)、一体どういうものなのか気になってしょうがなくなるくらい、作品中にたびたび出てきた。デビュー作である『ベッドタイムアイズ』にも、こんな風に書かれたりしている。

基地のクラブでスプーンを初めて見た時、彼はなぜかブラックタイにタキシードで正装していて、ネイビーの作業着やジーンズ姿で玉突きをしている男たちの中では滑稽なくらいに粋(クール)だった。私は、自分の男が一ドル紙幣をキューと指の間にはさんでビリヤードに熱中している間、終始スプーンを盗み見した。彼の持っているセブン・アンド・セブン(バーボンとセブンナップ)のグラスも、今では尿検査のコップにしか見えないが、その時は黒い指の間にはちみつがしたたり落ちるかのように金色だった。

山田詠美に好きになったおかげで、映画の『Do the Right Thing』や『Mo' Better Blues』にも夢中になった。ネットも普及してない時代に、このセブンセブンはあまりにも想像がつかなくて、スパイク・リー映画に出てくるジャズミュージシャンのような、粋な大人だけが知っている秘密の飲み物のようで、猛烈に憧れたのを覚えている。大人になってバーに行くたびに、セブンセブンを探したけれど、地方都市のバーではそんなマニアックなカクテルを見かけることもなく、その存在をすっかり忘れて30代半ばになっていた。


そんな折、私の34歳の誕生日に旦那さんと食事をしたあと、しばらく行っていなかった老舗のバーに立ち寄ることになった。カウンターには馴染みあるバーテンダーさんの他に、今まで見たことがない女性バーテンダーも立っていた。非常に落ち着いていて、堂々としていて、とてもきれいだった。ベテランバーテンダーさんが、「この子、20歳なんですよ」と紹介してくれた。メインで立ち働いているように見えた女性は、まだ20歳で、なんと18歳の時からこのお店で修行をしていたそうなのだ。

「高校生の時にバーテンダーになりたいと言ったら、お母さんがこのお店に連れてきてくれたんです」という興味深いエピソードを聞きながら、高校を出たての18歳の女の子が、バーで働いているところを想像した。想像しながら何気なくメニューをめくったら、なんとそこに『セブンセブン』という文字があったのだ。このバーに以前はなかったセブンセブンが突如登場して、感激のあまり大騒ぎをする私の横で、事情を知らない旦那さんは、私が何をそんなに騒いでいるのか全く分からなかったと思う。その反応を見た女性バーテンダーさんが、「私、読書が好きなので、それでメニューに入れたんです」と言って、その瞬間、どの作家なんて言わなくても、お互いの思っていることが伝わって、静かに感動したのを覚えている。

彼女が丁寧に作ってくれたセブンセブンは、氷が当たるだけでこわれてしまいそうなほど薄いグラスに注がれていて、なんだか甘くて不思議なカクテルだった。15歳も年下の女性と同じ小説を読んで、同じカクテルに憧れて、同じバーでその飲み物をはさんで向き合っているのも、なんだか嬉しかった。心の奥底が振動していてもたってもいられないような、感傷と感慨が入り混じった味がした。

このカクテルを普通に飲んだら、ただのバーボンのセブンナップ割でしょ?と、たいていの人が言うと思う。こんなのに憧れていたの?とも。でもそれが、どんな高級ワインやシングルモルトよりも、私にとっては大きな意味を持ってしまうあたりが、思春期の効用なのだから、人生とは本当にタチが悪い。



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