見出し画像

こんなに違う、日米の医療現場

先日、Pennsylvania州にあるThomas Jefferson University Sidney Kimmel Medical Schoolに2週間のエクスターンシップに行き、臨床実習を行なってきました。Thomas Jefferson大学病院は全米でも有数の大病院で、ペンシルベニア州の医療の中心を担っている大学病院です。

日本の医療現場しか知らない私から見てびっくりする違いがたくさんあったので簡単にnoteにまとめて見ました。日米の医療現場の違いに興味がある人はサクッと流し読みしてくれると嬉しいです。

注意:「隣の芝生は青い効果」やサンプリングバイアスに留意して読んでください(このレポートは飽くまでも1大学病院での経験に基づきます)

違い1: チームラーニングの米国 vs. 見て盗めの日本

日本の医学教育や医学トレーニングは一言でいうと「見て盗め」のような教育が主体。例えば医学部5、6年生で臨床実習「ポリクリ」に出る医学生は医療現場の一員というよりは「見学者」として各科を見て回る。勿論良心的な医師からの説明や指導もあるが、基本的には見学者なので見ている中で診療技術を盗み取るようなトレーニングだ。

日本のポリクリ:
・医学生は見学者として静かに先生について周る
・患者に対して手技や初診を行うことは原則としてない
・カンファも静かに見ていることが多い
・患者の治療等について意見することは稀

このように日本の医学生は静かな見学者として、ひっそりと実習をすることが多い。
対して米国では医学生は医療チームの一員に組み込まれ、患者の診療を責任を持って担い、治療に対して積極的に意見し関わる姿勢が求められていた

アメリカのポリクリ:
・医学生は医療チームの一員として診療のオペレーションに組み込まれる
外来患者の初診は医学生が取る
・入院患者の朝のチェックは医学生が行う
・外来、入院患者の簡単な身体診察は医学生が行う
問診内容や診察内容を指導医に的確に報告し、アセスメントを述べる
指導医・レジデント・看護師のチームで積極的に意見を出す
レジデントや指導医との議論の中で臨床的な考え方や診断、治療能力を身につけていく

米国では医学生はチームの一員として患者の診療を行うことで診療技術を磨き、チーム内で指導医の考え方や知識をどんどん吸収するチームラーニングを行なっていた。
もちろんその分、米国のメディカルスクールはハードで一概に推奨できる訳ではないがジェファーソン大の医学生は概して非常にレベルが高かった。
医学部に5年もいる自分よりもメディカルスクール3年生の方が知識も診療技術もコミュニケーションスキルも優れているのを目の当たりにして非常に焦ったことは言うまでもない。

違い2: 流れ作業の日本 vs. 問診重視の米国

アメリカと日本ではかなり診察のオペレーションが違う。一般的な日本の外来診療オペレーションはこう言う感じだ:

1. 医師が診察室にいる(*医学生は医師の横で黙って見学している)
2. 患者は外で待っていて呼ばれると順番に診察室に入る
3. 診察時間は外来だと長くても10分ほど。5分程度が平均値
4. 医師は主訴を中心にそこそこ問診をする
5. 簡単な受け答えの後にすぐに検査に送られる
6. X線、CT、超音波、生化学検査などはカジュアルにオーダーされる
7. 検査を受けた後診察室に戻り、医師から結果と診断を伝えられる
8. 専門医への紹介が必要な場合は紹介状をもらう
9. 通常1ヶ月以内には専門医の診察を受けられる
10. 処方箋を紙で受け取る

このように日本の診療スタイルは「流れ作業」のような印象が強い。医師と患者の深い意思疎通やアイスブレイキングのような会話は基本的になく、淡白に、問診が行われることが多い。これは日本のパターナリズム色の強い医療文化の影響もあるが、日本の大病院外来は軽症初診やrefill再診など米国ではNPやfamily doctorが担うはずの患者が多くどうしても効率重視の診療になりがちではある。

対して米国のオペレーションは日本と一風変わっている:

1. 患者が診察室で待っている
2. まず医学生(*教育病院でないところでは問診看護師など)が初診を行う
3. 問診は日本の問診よりもかなり詳細に取る
4. 家族歴、生活歴なども綿密に聞いていく。米国では人種差・文化差・収入差など患者背景が多様なので、これらの情報は特に重要となる
5. 医学生が外に出て医師にreportする
6. 医師は医学生のレポートを聞いてから、診察室に入室する
7. 10分以上かけて患者と会話しながら問診を取っていく
8. Mr.~などではなく、下の名前で親しく会話する
9. 身体診察も日本よりも詳細に行う医師が多い
10. 検査が必要な場合は、何故検査が必要なのかを十分に説明し、同意を取る
11. 診断や治療方針を説明する際は、知識を余す事なく披露する医師が多い
12. 専門医の受診が必要な場合は4~6ヶ月かかる
13. 処方箋は近所の薬局に電子的に送られる

米国の外来診療は、問診と身体診察が特に重視される俳優かのような演出力やコミュニケーションスキルを備えてハキハキと患者の診察をする医師が多い。日本では5分程度が診察時間の平均値だが、米国では20分以上かけていた。

違い3. 検査重視の日本vs.臨床推論重視の米国

ジェファーソン大学病院ではどの診療科もPatient History(患者の現病歴)に基づく臨床推論を重視していた。現病歴と言うのは「いつから、どこがどの様に痛くなって」など患者の問診・身体所見から得られる症状に関連した一連の情報のこと。一般的に最終診断の80%は現病歴に基づくと言われるが、米国では現病歴で鑑別診断を絞り込み必要最小限の検査で最終診断に辿り着く診療を行なっていた。これはレジデントや医学生の教育にも強く反映されており、「本当にその検査いるの?」は指導医の常套句だった。
無論、日本でも臨床推論は重要であるし、もちろん不要な検査をしているわけではないのだが日本では「取り敢えずCT」や「取り敢えず血液検査」が頻繁に行われる。「なぜ検査をするのか」「この検査によってどの鑑別診断を絞り込もうとしているのか」を絶対に説明させる米国の臨床現場とはかなり意識が違う。
例えば救急外来で40代女性で腹痛を訴える患者が来たら日本であれば「まずCT」「まず超音波」となることが多いが、米国では検査適応を現病歴から慎重に見極めていた。

診療スタイルの違いから見える医療の仕組みの違い

なぜ米国の医師は患者の問診・身体診察を丁寧に行い、臨床推論を重視して検査・治療適応を慎重に見極めているのだろうか。
いくつか構造的な違いがこのような医療文化を醸成しているのではないかと考えた。

医療コスト意識

米国の医師が臨床推論を重視し、検査適応に慎重になる最大の要因はコストだろう。米国人の医療コスト意識は日本人よりはるかに高い、というのも検査コストは最低でも日本の5~10倍以上だ。例えば腹部単純CTは日本だと保険適応で600点(=6000円)で、患者負担は30%の2000円だが、ジェファーソン大は$400(=44000円)で日本の7倍だった(これは米国ではかなり安い部類に入る)。さらに、患者負担額は加入保険によって10倍オーダーで違ってくる。詳しくはこちらの記事を参照されたい。
https://blog.bernardhealth.com/bid/201916/how-much-does-a-ct-scan-cost

訴訟対策や説明責任

米国では患者の医療費支払いが無視できないので、「なぜこの検査をしたのか」「本当にこの検査が必要だったのか」は患者にとって重要なことだ。日本だとCTをやってもせいぜい2000円(高いランチ代程度)なので医師が何故CTをオーダーしたかなんて気にもならないが、米国では数百ドルの負担になるため検査の説明責任を問われる
さらに(これは一部予測も入るが)、保険会社が説明を求めるのだろう。日本であれば各保険組合に一応の審査はあるが、CTや超音波、生化学検査の診断ロジックを問われることはありえない。米国では保険会社から本当に検査が必要なのか追及されてもおかしくない。

患者満足度が医師の評価に直結

米国では患者の満足度が医師の評価に直結する。大病院の勤務医といえど、医師はフリーランス契約のような雇用スタイルで、報酬もバラバラだ。医師のレビューサイトもあれば、患者満足度によって保険会社が病院に支払う金額も変わる。そのため、患者との親しく良好な関係作りをし、丁寧な問診と身体診察を行い、不要な検査をしない(=不要な出費をしない)医師は患者からの評価が高くなる。

卵が先か鶏が先か:医師がそう教育されているから

米国の教育現場では医学生の段階から「なぜそう考えたのか」「本当にその検査・処置はいるのか」をロジックで説明することをしつこく教育されていた。例えば腹痛の患者で「それってUTI(=尿路感染症)の可能性あるよね?だとしたら尿検査で済むじゃん」と、画像検査を後回しにするのは日本の現場に慣れていると驚きだ。日本だったら、「腹痛=CT・超音波」であり画像検査を行わなければ逆に指導医に怒られる可能性もある。しかし、論理的に考えれば米国流が正しい。Patient historyから鑑別診断を絞り込み、最小限の検査で病名にたどり着く訓練を徹底されている米国医師の診断ロジックや診察能力はさすがだ。

違い4. タスクシフティング

日本で最近になって声高に叫ばれるタスクシフティングだが、米では実際に専門分化や分業が徹底されていた。簡単な処置や患者管理は医学生、ナース、NP等が行い、attendingやresidentの雑務は日本より極めて少なかった。例えば日本では注射や点滴の変更、挿管等も医師の指示、監視、操作が必要な簡単な医療処置が多いが、米ではそのような業務はNP、ナースが行なっている。
Nurse Practitioner(NP)簡単に言えば日本の研修医ぐらいのスキルと権限を持ったナースだ例えば局所麻酔を使った縫合なども単独で行うなど、簡単な処置は基本的に行える。また、外来でも容態の安定している患者はNPがフォローするなど、準医師のような立場だ。鑑別診断や治療方針検討も行い、流石にattendingやresidentには劣るが、日本の研修医レベルの内容は問題なくできそうだ。待遇も1000万円〜1500万円と日本の勤務医程度だ。
NPに限らず、米国の医療現場は職位による階層化、分業化が徹底されていた。地位が高いAttendingなどは雑務が少なく、日本の中堅医師よりも遥かに働きやすそうだった。

違い5. 日本は電子カルテ後進国

トーマスジェファーソン大は米電カル大手のEpic社を採用しているが、Epicの機能やUIは日本の電子カルテよりも遥かに先を行っていた。

電子カルテと連携したPHRアプリ

まず驚かされるのはEpicはPersonal Health Record、すなわち患者自身が自身の医療情報を持ち歩き閲覧できる、MyChartというアプリを実装していた。例えば電子カルテのデータと直接連携しているので患者がCT読影結果などもアプリで観れるので驚きだ(*患者がどれぐらいの医療情報を見れるかは医師や病院の判断による)。加えて医師や関係者とのチャット機能アポイントメント支払い機能もついている完全なPatient Portalだ
患者が検査結果、読影結果、カルテなどを閲覧できるのは日本の常識では考えられないが、患者は概ね見れることを歓迎していた。加えて、医師や病院とチャットでやりとりできるのも便利だ。日本だと病院に電話するしかないが、これはタイムラグやコミュニケーションエラーを起こすのでやはりチャットの方が有用だろう

電カルのスペックの高さ

日本の電子カルテは言わばiPhoneに搭載されているメモアプリのような単純なメモ帳のようなものだ。UIUXも恐ろしく悪く、全くユーザー目線に立っていない。私は大学病院でF社の電カルを使用しているが、国内ではまだマシな部類という。
Epicは日本の電子カルテよりも遥かに洗練されたデザイン、機能を誇っているたとえると、Windows96とMac OSXぐらいの差がある。
・クリックしていくだけで電子カルテの文章を生成できる機能
・無数の疾患に対応した患者向けの説明用テンプレート
・AIによる音声入力・操作機能
・見やすい検査結果や数値推移表示
・併用禁忌や、用法用量、治療法等に関するClinical Decision Support機能
・Elsevierと連携して電カル内からの医療情報検索
・ワークフロー管理(一日の担当患者がステータスごとに表示される)
・患者に対して定期で行う検査・治療等の自動アラート
・医師が好みや業務に合わせてカルテをカスタマイズできる機能
・見やすく、綺麗なUI
などなど、挙げるとキリがない。とにかく電子カルテがただなるメモ帳を超えて、病院全体のワークフローを規定する欠かせないシステムとなっていた。設計思想も「ワークフローのフォーマット化によってミスや入力負担を減らそう」と言う印象を受けた。患者の属性や主訴、診療科、治療法、薬剤と紐づいてやるべき事がチェックリストで表示され、クリックして行くだけで入力作業が終わる入力形式が多用されていた。例えば一般内科であれば心音、腹部所見、リンパ節等々の一般的な身体所見がチェックボックスになっており、選択して行くだけで電カルの文章「心音異常なし、腹部は平坦で軟・・」が生成されて行く。もちろんF社電カルでは手入力だ
ワークフローや入力の規格化=データの規格化と言う事であり、解析や連携する際にも圧倒的に便利な予感がした。(詳しくはFHIRやHL7をググってください)
日本の臨床研究の場では人の目によって数千の電子カルテ文章を読み、研究に適合する患者を探す。データが規格化されていればそう行った作業はかなり効率化される。

電カルと連携した院内チャット

日本だとPHSというガラパゴスデバイスによる院内コミュニケーションが一般的だが、ジェファーソン大学ではEpicと連携したiPhone 8が全職員に配られていた院内チャットがあるだけでも非常に便利と感じたが、スマホを持っているのでその場でカルテを見たり、UpToDateを検索したりできるのはとにかく便利だ。日本でもPHS文化を廃止してスマホにしていただきたい、、


まとめ

いかがでしたでしょうか?
本当は遠隔診療や電子処方箋など書きたい違いがたくさんあるのですが、これぐらいに留めておきます。
米国医療は素晴らしい点も多いですが、闇も深いです。一概に優れている訳ではありませんが、1. 医学生教育、2.病院オペレーションの効率化、3. 医療情報システム、に関しては日本の先を行っていると感じました。
もし、このレポートで米国医療にご興味持たれましたらぜひ一度見に行ってください。
きっと日本の医療を良くする、より多くの気づきが得られます。

P.S.
ツイッターやってます。
医療やテクノロジーに関する議論やDMお待ちしてます
https://twitter.com/shohei_ub


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?