ショートショート(4話目)商店街の占い師

キャンピングカーを運転しながら、ドリンクホルダーの缶コーヒーに手を伸ばした。

時刻は18時を回っていたが、まだまだ外は明るかった。

目的地の商店街にはまもなく着く。

商店街は1950年から1970年にかけて大流行したが、いまではほとんどがシャッター街となっている。

それでも、全ての店が商店街からなくなったわけではなく、生存競争を生き抜いてきた店もある。

商店街にいくことが趣味の僕は、群馬県へと車を走らせていた。

お目当ての商店街の近くまできた僕は、コインパーキングに車を止めて、歩いて商店街へと向かった。

商店街の近くには住宅街があった。

ここに住む人たちも昔は商店街を利用した人たちなのだろう。

遠くのほうに、大型ショッピングモールの看板が見えた。

弱者が強者に淘汰されるのは自然界だけの話ではない。

商店街は、思っていたよりずっとさびれていた。

かろうじて開いていた焼肉屋に入り、僕はビールとロースを注文した。

少し割高な価格設定だったけど、チェーン店の焼肉屋よりは美味しかった。

店内には小さなテレビが設置されていて、お笑い番組がやっている。

ちっとも面白くないコントだったけど、テレビの中の司会者はゲラゲラと笑っていた。


2杯目のビールを頼み、一緒にホルモンを注文した。

ホルモンは、いつ飲み込んだらいいか分からないくらい弾力がすごかった。

〆にカルビクッパを頼み、3200円を支払って僕は焼肉屋を出た。

シャッター街を、再び歩く。

お茶屋、おもちゃ屋、旅行の代理店、すべてのシャッターが閉まっている。

いままで僕が見てきた商店街のなかでも、とりわけさびれている。

と、そのとき、看板の灯りがみえた。

看板には「占いの館」と書かれている。

僕は、吸い込まれるように中に入った。

扉をあけると、中はバーのような作りになっていて、カウンターにお婆さんが立っていた。

お婆さんは「珍しいねえ」といいながら、席を案内した。


見料の3000円を支払うと、お婆さんはジッと僕の目を見つめた。

2分ほどして、お婆さんは「みえたわよ」といった。

「水晶やタロットカードは使わないんですね」

僕がいうとお婆さんは

「そんなものを使ってるのは偽物の占い師だよ」と言って笑った。

「それで、占いの結果はどうでしたか?」

「ああ。あんた、ずいぶんと破天荒な人生を歩んできたようだねぇ。15年前、あんたは宝くじが当たった。それも一等だ」

そう。僕は15年前に宝くじで1等の3億円を当てた。

当時30歳の僕は、勤めていた証券会社を辞めて旅をすることにした。

商店街めぐりをはじめたのはそれからだ。


お婆さんは続けて言った。

「それで、あんたは仕事をやめた。普通なら宝くじ当選者は豪邸や高級車を買うけれど、そういうことはしなかったようだね」

そう。この15年間で大きな買い物といえば中古のキャンピングカーだけだった。

住んでいたアパートを引き払い、キャンピングカーのなかで寝泊まりする生活を僕は選んだ。

「宝くじ当選者は高い確率で自己破産するのに、あんたは大したもんだ。でも、15年もの間、収入がなければ、流石にお金もなくなってくる。」

僕の貯金額は2000万円まで目減りしていた。
少ない額ではないが、残りの人生を逃げ切れるほどの余力はない。

「私が見えたのはここまでだよ。それで、最後に天から声が聞こえたから、伝えておくね。

『まだ、間に合う』

天はそう言ってるよ」

僕はお婆さんにお礼をいった。

お婆さんは「まだ若いんだから、大丈夫」と言って笑った。

僕は店をでて、キャンピングカーのあるコインパーキングへと向かった。

あのお婆さんは、どうやら本物の占い師だったようだ。

ここまで当てられた占い師は他にいない。

ただ、占い師としての実力は僕の方が上だ。

15年前、僕の占いの能力は開眼した。

頭の中に、ロト6の当選番号がはっきりと浮かんできたのだ。

宝くじ売り場の窓口で、1口それを買ったら3億円が当選した。

その後も占いでお金儲けをしようと思ったが、残念ながらそれ以降、頭の中に数字が浮かぶことはなかった。

ところが昨晩、15年ぶりに未来が見えた。

頭の中に競馬のレースが浮かんできたのだ。

見えたレースは明日の宝塚記念だ。

大穴(おおあな)の逃げ馬(にげうま)、サイレンススズハが逃げ切って、3連単で1000倍を超える決着になる。

僕はここに100万円を賭けるつもりだ。

お婆さんは最後に『まだ間に合う』といった。

そう。馬券の購入は、まだ間に合うのだ。


商店街のシャッターのように、僕の占いの能力もいつか完全に閉まってしまうかもしれない。


後戻りのできない片道切符の列車に乗って、僕が行き着く場所はどこだろう。


空から、雨が降ってきた。

アルコールが入った火照った身体に、ひんやりとした雨が気持ち良かった。

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