ショートショート(7話目)時の商人
もう若くない。
50歳になった栄治(えいじ)は、そんなことを思いながら高架下(こうかした)の屋台で日本酒を飲んでいた。
大学を卒業してから、いまの会社に勤めて28年が経つ。
朝の7時に自宅を出て、夜の9時に帰宅する。
そんな日々を栄治は繰り返していた。
栄治は30歳の時に子供を授かった。
名前は楓(かえで)という。
栄治の平凡な人生のなかで、楓は特別な存在だった。
仕事の疲れも楓の顔をみれば吹き飛んだ。
栄治がここまで頑張ってこれたのは、楓のおかげだった。
栄治は金曜日になると高架下の屋台にきた。
屋台で飲む日本酒が、栄治の唯一の楽しみだった。
栄治は屋台からの帰り道、商人に出会った。
商人は時間を売り買いしているといった。
栄治は胡散臭いとおもいながら、話を聴くことにした。
〜〜〜
「時の商人、、、ですか?」
栄治が聴くと、商人は頷いた。
「そうです。人の時間を、買ったり売ったりしています。」
「へー。それで、仮に人生を1年売るとしたらいくらで買い取ってくれるんですか?」
「いまの年齢によって、買取金額は変わってきますが、栄治さんのご年齢だと、、、まあ1年で150万円というところですね。」
「150万ですか。つまり、私の寿命があと30年だとしたら、全部売ったら4500万円ということですか?」
「あ、いえ。年齢によって1年ごとに時間は値下がりするので、4500万円はとても払えませんよ。まあ栄治さんの場合、残りの人生を全て売ったとしても1500万円いくかいかないかですかね」
「意外と安いんですね。ちなみにですが、もしも時間を買うとしたらいくらになりますか?」
「1年買うとして、500万円ですね」
「ずいぶん高いんですね。売り値は安いのに」
「まあ、こちらも商売ですからね。ほら、車だって買って2〜3年もしたら半値以下になってるでしょう。そういうものですよ」
「なるほど。まあ、また機会があればお願いしますよ」
「ええ、また。」
〜〜〜
半年後
楓が病気になった。
若年性のガンだった。
栄治はそのことを知ってから、仕事も手につかなくなった。
楓は栄治にとって人生で唯一の希望だった。
栄治は毎日浴びるように酒を飲んだ。
そんなある日のこと。
屋台で飲んだ帰り道、時の商人に再び会った。
~~~
「この前きた人ですね。今日は随分と疲れた顔をしていますね。」
「ああ。ちょっと、辛いことがあってね」
「なにかありました?よかったら聴かせてもらえませんか?」
栄治は時の商人に事情を話した。
商人は「うんうん」と頷きながら栄治の話を聞いた。
一通り聞き終えると商人は
「娘さんの寿命を延ばすことならできますよ」
と言った。
「え?どういうことです?」
「私は時間を売り買いしています。あなたが楓さんに、時間をプレゼントすればいいのです」
「時間をプレゼントする?そんなことができるんですか?」
「ええ。とはいえ、値は張りますがね。」
「いくらかかってもいい。いくらだ?いくらかかるんだ?」
「1年寿命を延ばすのに必要な金額は500万円です。」
「500万か。貯金が2000万ほどある。それを払えば4年間は楓は生きられるんだな?」
「ええ。そうですね。4年は生きられますね。」
「4年か。。。。私の寿命を全部売ったら1500万になるって、この前言ってたよな?」
「そうですね。だいたいそのくらいになると思います。」
「それなら、私の寿命を全て売る。そうすれば、楓の寿命を3年買い足せるってわけだな?」
「参りましたね。。。。。自分の命と、蓄えてきた貯金全てを引き換えに娘さんの命を7年延ばすんですか?賢い選択とは思えませんね。」
「ああ。そうだな。でも、そうすることに決めた。」
「そうですか。それならば、そのようにします。ちょっと待って下さいね。正確な下取り額を調べますから。」
商人はパソコンをカタカタと叩いた。
2分程して、商人は言った。
「いま調べたら、栄治さんは想定していたより寿命が長かったです。買取額は2000万円になります。貯金と合わせると、楓さんの寿命を8年買い足すことができますが、いかがなさいますか?」
「それなら、そうしてくれ。」
「わかりました。それでは、こちらの口座にお金を振り込んでください。振込が完了したら、取引を実行します。」
商人は口座番号の書かれた紙を渡した。
「わかった」
「取引が実行された瞬間、あなたは死にます。本当にいいんですか?」
「ああ。構わない。」
楓に少しでも長く生きていてもらいたいと栄治は思った。
翌日、栄治は死んだ。
取引は実行されたのだ。
~~~
10日後。
「また来たんですか?」
時の商人は言った。
「うん。だって、死ぬと思っていた日に死ななかったから。これってどういうことなの?」
「さあ。どういうことですかねえ。」
「まあ、いいや。私の寿命、調べてくれない?」
「8年です。8年残っています。」
「え?なんで?この前、全部売ったはずなのに。ウケるね。」
「誰かが、あなたに時間をプレゼントしたのでしょう。」
「へー。そんなこともあるんだ。じゃあ、また売るよ。7年くらい。」
「そうしたら、あなたは1年しか生きられないことになりますよ?」
「いいの。生きていてもつまらないし。」
「7年だと、2000万円になりますがいかがなさいますか?」
「うん。いいよ。じゃあ、この前と同じ口座に振り込んでおいて。」
「かしこまりました。ではそのように。」
「よろしくね」
楓の後ろ姿を見ながら、時の商人は思った。
人間は、愚かだと。
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