オーストリアの食を探れ、試食探検隊がいく~3つのナッツが奏でるハーモニー、モーツァルトクーゲル
A隊員:20代の若手男子。好きなドイツの食べ物はケバブとカリーヴルストとガッツリ系。
B隊長:50代男子。人生の半分近くをドイツで過ごす。こよなくドイツビールを愛している。このごろ食が細くなってきたのを実感する日々。
B隊長:Aくん。新しい指令が届いたぞ。君の苦手な甘いもの系、モーツァルトクーゲルだ。
A隊員:あの激甘お菓子ですね。僕たちはドイツの食を探るのが使命と思ってましたけど、夏休みだからこれまでのご褒美もかねて出張に行ってこいっていうことかな。楽しみですね、隊長。
B隊長:ドイツとの国境沿いにあるオーストリアのザルツブルクはモーツァルト(1756ー1791)の出身地というのは君も知っているだろう。ここのお土産といえばなんといってもモーツァルトの顔が描かれた包装紙にくるまれたお菓子、モーツァルトクーゲル。とはいえ、ザルツブルク限定ではなくって、ドイツのメーカーも製造、販売しているんだ。
A隊員:ドイツのスーパーでよく見かけますよ。レーバー社(本社:ドイツ・バート・ライヒェンハル)のは前に食べたことがあります。
B隊長:包装紙が赤と金が基調のいわゆる赤玉だな。ところがだ、ザルツブルクのフュルスト社がどうやらモーツァルトクーゲルを考案したいわば元祖らしいんだ。こちらは青と銀の2色が基調の青玉なんだ。
A隊員:赤玉、青玉。隊長は親玉ですよね。 へへへ。
B隊長:Aくん、座布団とるぞ。いいか、1884年にザルツブルク旧市街に小さな洋菓子店をオープンさせた菓子マイスター、パウル・フュルストが1890年に初めてモーツァルトクーゲルを考案したんだ。1905年にはパリの博覧会で金メダルを受賞している。
講釈はこれくらいにして、モーツァルトクーゲルの旅に出かけるぞ。
@ザルツブルク大学付属植物園
A隊員:隊長、なんでこんなところにきたんです?カフェでまったりとモーツァルトクーゲルを味わうのかと思ってました。ま、ここも日本の植物を集めた一角もあったりしてとても感じがいいところですけどね。
B隊長:これだから若いもんは困るんだ。なにを食べているのか、土に植わっているのか、木になっているのか、それを知るのが基本だろうが。ここに来たのはほかでもない、モーツァルトクーゲルの原材料となっている植物をみることができるように目印がつけられているそうなんだ。ほれ、ネットで検索してみろ。
A隊員:あ、ありました。どれどれ甘いお菓子に欠かせない砂糖からはじめましょう。。サトウキビとテンサイ。テンサイですけど、形が大根に似ているから砂糖大根ともいうんです。ドイツの畑でもよく山積みになってるのをみたことがあります。
あの、豆知識ですけど砂糖用のテンサイが栽培され始めたのは1745年にドイツの化学者、アンドレアス・マルクグラーフ(1709ー1782)が飼料用のテンサイから砂糖を分離するのに成功してからで、その後に工業生産されるようになったそうです。
ヨーロッパ各地でテンサイ糖業の基礎が確立されたのが1850年頃だそうですから、モーツァルトクーゲルは砂糖の普及の流れに乗って生まれた時代の産物といえるでしょうね。
B隊長:ん、そうだな。とはいえ、当時これを食べられるのは限られた人たちだったろう。今なら駄菓子扱いだが、一昔前なら甘いものは特別だったに違いない。
よし、砂糖の次はなんだ?
A隊員:表面にコーティングされているチョコレート、つまりカカオですね。でも展示されているはずなのにどこにもないですよ。
B隊長:そうなんだ。実はこの展示は昨年の企画らしい。熱帯の植物カカオはどうやら立ち入りできない温室にあるそうなんだ。でもせっかくだから写真を持ってきたぞ。ほれ。
B隊長:ギリシャ語で『神の食べ物』を意味する学名テオブロマを持つカカオは幹に直接、花がついて実がなるという実に面白い習性の持ち主なんだ。実が重いので細い枝ならば折れてしまう可能性があるからということらしい。採れたカカオも発酵させたりとチョコレートになるまでに手間がかかるんだぞ。
さて、3つめは?
A隊員:真ん中に入っているマジパン。あるいはマルチパン。パンってつくからてっきり小麦粉と思ってましたけど、違うんですね、これはアーモンドのお菓子だった。
B隊長:アーモンドはアジア西南部が原産地で、イスラエルでは春の使者として、まあ日本でいう梅みたいな存在らしいぞ。現在は南ヨーロッパや米国でたくさん栽培されておる。
A隊員:ドイツのプファルツでアーモンド並木をみましたよ。果実が落ちてて、それをアラブ系の家族が集めてたんで僕も一緒になって拾いました。種の殻を割って中の仁を取りだそうとしたら堅くて堅くて。。。どうしても割れないんで結局捨てちゃった記憶が・・・いや、クルミ割り器がアーモンドのせいで壊れたんですもん。それくらい固いんだからしょうがないですよ。
B隊長:プファルツはドイツでも温暖な地域だからアーモンドも咲くんだな。そういえばモーツァルトクーゲルにはラム酒とかお酒が入っていたりもするが、ブラウン社のにはアマレット、つまりアーモンドの香りのお酒が入ってたぞ。
A隊員:じゃ、外側にある茶色のクリーム状のものいきますよ。パンに塗るヌテラでもおなじみヘーゼルナッツ!。ドイツでもオーストリアでもどこでも株をみかけますよね。ヨーロッパのナッツといえばヘーゼルナッツって気がします。
B隊長:よし!じゃ、植物園を引き上げて次のところに向かうぞ!!
A隊員:えっ?もう一つ忘れてませんか。いいんですか?あれえ、待ってくださいよ、置いていかないでーー。
@Fürstenbrunn
A隊員:隊長、カフェかと思ったらなんで僕ら山の方にいるんですか。地図でみたらザルツブルク市北東でドイツとの国境近くですよ。今日は暑いし、まさか登るなんていうんじゃないでしょうね。
B隊長:せっかくザルツブルクに来たからにはヘーゼルナッツつながりでちょっと寄ってみようと思ったんだよ。
A隊員:何ですか、もったいぶらずに早く言ってくださいよ。
B隊長:この山はウンタースベルクといってな、伝説では初代神聖ローマ皇帝のカール大帝(742?~814)がここで復活の時を待っているんだ。100年ごとに眠りから目覚めて、カラスが山の周りを飛んでいたらまた次の100年が経つまで寝て、その間はウンタースベルクの小人に世話をしてもらっているそうなんだ。
それでだ、ここから歩いていったところに「カールの耳」と呼ばれる洞窟があるんだ。その洞窟の前にはヘーゼルの木があって、その実を食べると透視できるようになって、その枝をつかうと願い事がかなうそうなんだ。
A隊員:えーーっ。行きましょう、登りましょう、手に入れましょう。
B隊長:今日は残念ながら時間がないから次回にしよう。それに野生動物の保護のために通行止めになっている。でも代わりと言っちゃなんだが、ほら、そこにもヘーゼルの木が生えてるぞ。実もなっている。
A隊員:本当だ。御利益がある気がします。
B隊長:じゃいよいよ、カフェで一服するか。
@Cafe Tomaselli
A隊員:うれしいな。一休みしたかったんですよ。てっきり元祖のカフェ・フュルストに入るのかと思ってましたけど、違うんですね。お腹すいたな、ランチ頼んでいいですか?
B隊長:バカモン!まだれっきとした仕事中なんだ。ここに入ったのも理由があるんだ、メニューを見ろ!
A隊員:隊長、怒らないでくださいよ。ハイハイ、えっと、これですね。
「モーツァルトのアーモンドミルク」。当店のスペシャルメニューってところにありました。説明書きによるとですね、ホットミルクにミルクの泡、薄切りアーモンドにアーモンドクリームだそうです。
汗だらだらかいているのにホットってイヤだな、じゃ隊長はこれをオーダーして、僕は自家製のスグリアイスにします。アイスの但し書きに
「モーツァルトの時代にまでさかのぼる伝統の製法」ってありますから、いいでしょ。
B隊長:都合のいい奴だな。アーモンドミルクになんの疑問も持たんのか!?
A隊員:ちらっと思ったんですけど、口に出すのを忘れてました。
B隊長:しょうがない奴だな。まずこのカフェは創業何年だ?
A隊員:看板にもありますけど1703年、ずいぶん古いですね。でもヨーロッパですもん、当たり前でしょう。ほら、さっきボーイさんと正装しているお客さんが「今夜は何をごらんになる予定ですか」なんて会話を交わしていましたよ。オシャレだなあ。
B隊長:(イラッ)今はちょうどザルツブルク音楽祭をやっているんだ。そしてカフェ、トマセッリはモーツァルトも通ったくらいくらいの歴史と由緒があるんだよっ!でだ、彼が好んで頼んでいたのが「アーモンドミルク」。それを記念して現在もメニューにのせてるんだ。
A隊員:ほう。じゃ、隊長アイスをどうぞ、僕はアーモンドミルクにしますから。いやだって?すぐへそを曲げるんだからまったくもう大人げないな。
A隊員:アーモンドがたくさん下に沈んでますね。カフェに来てコーヒーを飲まない、ってところが人と違う変人というか天才のゆえんなのかなあ。
B隊長:牛乳ベースの優しい味だぞ。コーヒーについてはモーツァルトが1790年にドイツ・ヴュルツブルクで飲んだということが手紙に記されているようだが、好んでいたかはわからん。
さて、食べ終わったら最後、お向かいにあるモーツァルトクーゲル元祖の「カフェ&コンディトライ・フュルスト」にはしごだ。
@Cafe-Konditorei Fürst
A隊員:ここが元祖を名乗っていますけど、証拠はあるんですか?
B隊長:特許とかとらなかったからいろんな会社が同じようなものを出している。昔の写真を見てくれたら十分だろう。
フュルスト社のはころっと丸いが棒にさしてチョココーティングをかけているからなんだ。
B隊長:ここに来るまでにミュージアムになっているモーツァルトの生家を通っただろ。そこに映されていた1880年開館という言葉に気づいたか?つまりモーツァルトクーゲルが生まれる10年ほど前になる。これはあくまで俺の推理だが、今なおモーツァルトの絶えることない世界中での人気ぶりからして、開館当時から訪れる観光客は多かったんだろうな。そんな客が買っていきそうな手頃なザルツブルク土産はないかってパウル・フュルストは考えたんじゃないかな。
A隊員:分かります。日本だったら和菓子屋さんがナントカまんじゅうって人気にあやかろうとするのと同じですよね。
A隊員:そうだ、隊長!このモーツァルト・クーゲルがのっかったケーキの緑色を見て思い出した。ピスタチオを忘れてましたよ。
B隊長:植物園には展示されてなかったからすっ飛ばしてしまったな。ほれ、幼木の写真をもってきたぞ。イラン、シリアが原産地で、今スーパーで買うとしたら米国、トルコ、イラン産が多い。
ただ、ピスタチオを使ったお菓子といったらイタリアのものが多いんだ。もしかしたらオーストリアの菓子に地理的に近いイタリアが影響を及ぼした可能性がある。
B隊長:そのつながりでいうとモーツァルトは13歳から17歳の多感な時期に3回にわたってイタリア各地を旅行している経緯もあるし、彼のキャリアにとって大事な土地だったといえるな。
A隊員:なんか僕、モーツァルトクーゲルが見えてきました。このお菓子の肝は3種類のナッツです。使われているのは①愛飲していた飲み物にちなんだアーモンド②地元の伝説にも残るヘーゼルナッツ③音楽キャリアに大きな影響を与えたイタリアにちなんだピスタチオーってことはモーツァルトクーゲルは異なるナッツが奏でる絶妙なシンフォニーってことですね。
B隊長:よし、その線で報告書をまとめてくれ。
A隊員:わかりました。じゃその前に夕飯の時間ですよ、隊長。僕はウィーナーシュニッツェル(仔牛のカツレツ)いきます。
B隊長:胃にもたれそうだな。(若いってうらやましい)じゃ、オレはあっさりとターフェルシュピッツ(牛肉の煮込み)にしよう。以上だ。
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