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春の雨のように、柔らかな風のように... ハーバリスト、ジュリエット・デ・バイラクリ・レヴィ

ハーバリスト、獣医、アフガン犬のブリーダー、ハーブの知識を求める旅人、ジプシーの友人であり庇護者、作家、詩人………….ジュリエット・デ・バイラクリ・レヴィ(1911~2009)の肩書を数え上げたらきりがありません。

ハーブ療法の先駆者である彼女の存在を偶然に手に入れた本のおかげで知りました。

ミュンヘンの街角にはそこかしこに、不要になった本を提供したり、自由に持っていけるような本棚があります。その一つで彼女の「タバコなしでよりよい喫煙を」というタイトルのミニブックを見つけたのです。この本は葉タバコ以外の植物を使ってハーブたばこを作るための指南書。本の冒頭に書かれていたジプシーへの献辞が気になって著者について調べ始めました。

少しずつ検索していくと、彼女にフィーチャーしたドキュメンタリー映画「薬草のジュリエット」(”Juliette of the Herbs” 1998)をネットで発見しました。

(↑は全編ではなくプレビュー版)

ドキュメンタリーが作られるほどの有名人だったんだ!?と半ば驚きながら見始め、1時間15分のにわたる映像を見終わる頃には彼女の生き様に圧倒されていました。

映画の中身をかいつまんでご紹介しましょう。

カメラはギリシャ・キチラ島で水道も、電気もない家でアフガン犬と暮らす彼女の暮らしぶりを追います。

英国で裕福なユダヤ系エジプト人の父とユダヤ系トルコ人の母との間に生まれたジュリエットは、プレゼントにもらった子犬の死を機に獣医を志しました。でも「2つの大学で学んだけれども動物を癒す術を学ぶことはできなかった。動物と密接に生きる人から学ぼう」と決意したジュリエットはジプシーやベルベル人、ベドウィン人といった遊牧民との交流を通じて薬草の知識を手に入れます。

彼女を魅了したのは彼らの元にいる動物たちが健康ぶりとともに、生の喜びで輝いているジプシーと遊牧民の表情でした。

ローズマリーはジュリエットが自分の庭に必ず植えたハーブ

ジプシーや遊牧民に伝わる薬草の知識は代々口伝によるもの。彼らの懐に深く入らなければ知ることはできません。どうやって流浪の民に受け入れてもらえたのか、という質問にジュリエットは「彼らと植物への自然な愛を共有できたから」と答えます。そして教わったのはハーブの知識だけではなく「彼らの公正とモラルのシンプルな法則、健康と頑健さ、そして厳しい環境にあっても原始的な生活を楽しむ術を教えてもらいました」とも。

その言葉からは民族や社会的な立場や階層など関係なく、対等な目線で付き合い、相手を最大限にリスペクトする気持ちがあふれているのが伝わってきます。
 
とりわけジプシーはどの地にあっても泥棒やスリなど悪事を働く賤民として嫌われ、決して社会にとけ込もうとはしない異分子として扱われてきました。現代においてもそれは変わらず、大概彼らは冷遇されています。にも関わらず、ジュリエットは彼らを師として仰ぎ、温かな眼差しで見つめるのです。

米国でジュリエットは茶目っ気たっぷりに彼女の講演に耳を傾ける聴衆にこんなお話を披露しました。

「何千年も前にアレクサンドリアの図書館に魔法使いたちが集まりました。そして持っている知識をライブラリにおさめると、音楽に乗って踊って祝いました。ところが図書館が燃えてしまい、再び集まった魔法使いたちは持っている知識を最も旅する人たち、すなわちジプシーに託すことにしました。でも非常にずる賢いジプシーたちはその知識を自分たちの間だけに留めたのですよ」ー。




ジュリエットが優しさと思いやりを惜しみなく分け与える対象は人間だけにとどまりません。
植物と動物にも人間同様、いやそれ以上の愛が注がれます。

エニシダを手おる時には「とりすぎてはだめ。とったら感謝しましょう。植物も人間と同じように生きることを楽しんでいるのだから」と言って「ありがとう、あなたからは今シーズンはこれで十分だわ」と取った茂みにお礼を伝えるのです。

庭に植えられたオリーブの木から実を収穫する際も
同じ。                                       「あなたは素晴らしいオリーブの木よ。島で最高の木の一つであることを誇りに思ってください」と称え、「全部の実をとらないわよ。あなたは人間のために実をつけるわけじゃなくって自分のためにつけるのよね。あなたの根元に少なくとも半キロは埋めておくからね」と続けます。

エニシダを手折るジュリエット

草原で草をはむ牛たちに向かって「愛しているわ。助けてあげるからね。会いに来てくれてありがとう。あなたたちを傷つけるようなまねはしないから」と何度も呼びかける様はまるで大切な長年の友人に対するかのよう。

そんな優しさを秘めて終始穏やかな彼女の口調が1カ所だけ険しくなった場面がありました。劣悪な環境で飼育され、食用にと殺される家畜の状況にふれた時です。「神様が世界を滅ぼすとしたら、その理由のひとつは人間の動物に対する非道な所行への怒りからでしょう」と言い切ります。

ジプシーや遊牧民たちとつき合うだけでなく、自らも理想郷を求めて住まいを転々と変える放浪生活を重ねてきたジュリエット。2人の子供を授かった後もその生活は変わることがありませんでした。キチラ島の居宅にある庭は「生涯で10カ所目に作った庭」。けれども島でウタドリが狩りで命を奪われるのに耐えきれないと話し、島を出て終の住処を求めることを明らかにします。

まるで詩のような映画はここで終しまいです。

ジュリエットはその後、娘夫婦と孫が住むスイスで98年間の人生の幕を閉じました。最後は何も食べない日が続き、苦しむことなく逝ったそうです。それはまるで死期を悟った野生動物の最後のように・・・。


彼女が遺した著書の一つ

ナスターチウムやゼラニウムなど庭の植物を摘んではむしゃむしゃと食べ、ハーブで傷を治療したエピソードを語る彼女の姿は物質的な豊かさや近代医学が当たり前になってしまった私たちにとっては異質な存在です。ジュリエットのように生きることは難しいでしょう。

でも彼女が日々を紡いでいく様子は、ゆっくりと潤して大地の恵みをもたらす春の雨のように、そして柔らかな風のように気持ちを落ち着かせてくれます。

きっと私たちが、ほんの少しでも彼女のような心持ちで自分を取り巻くものと向き合ったら、ほんのちょびっとだとしても世界はよくなるんじゃないかと希望を持たせてくれるからかもしれません。

興味を持たれた方はぜひ映画を。本当はDVDをオススメするべきなのですがおそらく日本では入手不可。なのでYouTube で検索してみてください。(ここに貼れませんでした。。。)



 
 




 
 
 
 
 


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