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【短編小説】ぼうけんのしょ 第二章:仲間たち(2/5回)

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第二章 仲間たち

 酒場に入り浸っていただけあって、仲間たちはそろいもそろって碌でもない人間だった。
 戦士は大柄な男で、パーティー四人の中で一番年嵩だ。その体格に似つかわしく、魔物に出会うと「うりゃー!」と威勢よく剣を振り上げるのだが、威勢がいいのは声だけだった。根が小心者なので体はむしろ後退したいのが見え見えの姿勢で、結局パーティーの最後に攻撃を繰り出すことになる。その前に勇者、僧侶、魔法使いの三人で魔物を倒してしまえば、戦士は恰好ばかり剣を振り上げるだけで済むのだった。
 が、勇者が戦士を軽蔑の眼差しで見ているのは、そのヘタレっぷりが理由ではない。戦士は、小心者であっても必要に迫られれば戦うし、もう中年の域であるにもかかわらずレベルとともに剣の腕もぐんぐん上達するのはあっぱれである。彼が貴重な戦力であることはたしかだった。
 町や村から離れた山道を旅していて、野宿しなければならなかった日のことだ。めいめい袋に詰めてきたパンや燻製肉や缶詰のスープで食事を済ませたあと、たき火を囲んで、何となく思い出話をする時間となった。
 先の、人間どうしの戦争で、戦士の国(つまりは勇者の国でもある)は隣国を植民地支配していた。戦士は、植民地の若い女性たちを集めて宿営地へ連れて行った。女性たちには、兵士たちの食事や身の回りの世話をしたり、傷を負った兵士の手当てをしたりする仕事があると説明した。女性たちはもともと貧しい農村の生まれであるうえに、宗主国(つまり勇者たちの国)による圧政でさらなる貧困に追い込まれていた。宿営地で働けばそれなりのお給料がもらえるという話だったから、親たちは喜んで娘を送り出した。
 けれども、集められた女性たちを待っていたのは、食事の世話や看護の仕事なんかではなく、兵士たちの性欲処理の道具として慰安所で蹂躙される日々だった。もちろん、戦士は、その本当の“仕事”内容を知っていた。女性たちの中には、いまの勇者と同年代の少女もたくさんいた。
 その話をするときの戦士の口調に、悔恨や自責はおろか、軍の命令だからしかたなかったという言い訳すらも滲まない。あるのは、懐かしさと、軍のために大きな仕事をしたという誇りだった。
「オレもよ、一番年下っぽかった女、何人か味見したけど、あんまり使い古した女を毎日前線で戦ってる奴らにあてがうのも悪いから、まあ、ほどほどにしといたわな。女どもが逃げ出さないように見張るのもオレの仕事だったけど、加減が難しい。殴りつけて顔ボコボコにしたら、それこそ慰安所に来る兵士に嫌がられて使い物になんねえだろ。カネ? さあ、どんぐらい払ったんだか、オレは知らねえけど、××の女にくれてやるカネなんか、ねえだろ。ま、どっちみち、戦争が終わりゃあ、カネも鉄くず同然になったしな」

(××は隣国の人々に対する蔑称である。戦士は言葉そのものを口にしたが、ここでは伏せ字にした)

 さすがに僧侶と魔法使いもドン引きだった。
 胸糞悪いので、この戦士をクビにして新たな人材を調達することも勇者は考えたが、その時点でそこそこレベルが上がっていたため、戦士が習得した剣技を手放すのは惜しかった。もうすぐ大きな塔で、いわゆる中ボス戦を戦うところだったから、余計にだ。
 その日以来、勇者は必ず、戦士の夕食に睡眠効果のある花の粉をこっそり仕込むようになった。それだけでは安心できないので、自分のまわりに結界を張り、なおかつ、自分が使える中で一番強力な攻撃魔法を一発放てるだけのMPを残して寝るようにした。腕力では戦士に勝てないが、魔法が使えれば、戦士に襲われてもかわすことができる。

 僧侶と魔法使いは夫婦で、年齢は、二人とも勇者と戦士の間くらいだ。
 魔法使いは、魔王討伐パーティーの一員としては優秀だった。魔物との戦い方は理知的で、繰り出す魔法の種類もタイミングも的確だ。攻撃魔法だけでなく、日常生活で使えるちょっとした便利な魔法もたくさん知っていて、立ち寄った町や村の住民たちに教えると喜ばれた。魔法使いは見返りを求めないが、お礼にと、住民から食事や宿やいくらかのお金を提供してもらえることがある。
 彼は、勇者や戦士、旅の途中で出会う人たちには紳士的だった。けれども、妻である僧侶に対してはモラハラDV野郎だった。旅の荷造りや装備品の管理などは僧侶に押し付け、そのやり方が少しでも気に入らないと、ネチネチ責め立てたり怒鳴りつけたりするのだった。おまけに、道中、ちょっとでも回復魔法のタイミングが遅れようものなら、僧侶をこれでもかと無能呼ばわりした。魔物に勝つか負けるかという重大な局面ではないのに、である。
「ぼくはね、魔王を倒すためにとんでもなく大きな役目を果たしているんだよ。そのぼくを後ろから支えてケアするのが、お前の役目じゃないか。それなのに、お前ときたら本当にバカでグズで何の役にも立ちゃしない。お前みたいな役立たずの女を嫁にもらってやる男なんて、ぼくぐらいしかいないだろうね。わたしを嫁にしてくれてありがとうございます、それなのにこんなにバカでグズで、足を引っ張ってばかりでごめんなさいって言えよ」
 回復担当の僧侶に死なれると困るので、勇者は僧侶に上等な防具を買ってやることにしている。魔法使いは、それも気に入らないらしい。
「勇者さん、こいつにそんないい防具を買ってやることはないんですよ。こいつが死んだって、勇者さんも回復魔法を使えるし、薬草だってたくさんあるんですから」
 妻に痛い思いをさせたくないという愛情は皆無である。それどころか、妻を労りたくなさすぎて、勇者が回復役にまわると攻撃が疎かになるとか、薬草では回復が間に合わないとか、そういう戦術上の効率も頭から吹っ飛んでしまう有様だった。
 しかし、自分のことは妻に労ってほしい。宿屋に着くと、魔法使いはいつも僧侶に自分をめいっぱい回復させる。どのみち、宿屋で一晩眠れば、傷も疲労も全回復するというのに。僧侶が疲れ果ててMPが残りわずかになっていても、魔法使いは強力な攻撃魔法を放つかのような仕草を見せて僧侶を怯えさせ、自分の手当をさせるのだった。
 あるとき、見かねた勇者が僧侶に提案した。何かもっともらしい理由をつけて、魔法使いをパーティーから離脱させてもいい。代わりに新しい魔法使いを雇えばいい。あなたは、夫から自由になりたければなれるし、そうすればいい、と。
 ところが、僧侶は首を振った。
「わたしなら大丈夫です。あの人の世話をして、あの人が魔法使いとして立派に務めを果たせるように支えることが、わたしが神様に与えられた使命なんですから。それに、あの人は、勇者さんが思っているほど悪い人ではありませんよ」
 つまり僧侶は、“あの人はわたしがいないとダメなの”系の女なのだった。
 魔法使いは、性行為にはあまり興味がないようで、その点では妻を放ったらかしにしていた。僧侶は“あの人はわたしがいないとダメなの”系の女ではあるが、“子どもができればあの人も変わるはず”系の女ではないようなので、勇者はもう放っておくことにした。旅の途中で子どもを作られたらパーティーとして困るのはもちろん、こんな男女の間に生まれさせられては子どもが不憫でならない。だから、もしも二人が(あるいはどちらかが一方的に)子作りに励むようであれば二人を引き離さなければならないと考えていたが、どうやらその心配はしなくてよさそうだ。
 それに、あとで知ったことだが、勇者が戦士の夕食に混ぜているのと同じ花の粉を、僧侶も夫の夕食に混ぜ込んでいた。そうして魔法使いがぐっすり眠り込むと、僧侶は宿屋を抜け出して、町の若い男の子を物色しては物陰に連れ込み、“ぱふぱふ”を押し売りしていた。男の子のことが気に入れば、それ以上のコトにもおよんでいるようだ。

 そんなこんながありながら、四人は旅を続けた。
 魔物が強すぎて洞窟を攻略できないこともあったし、城や町で無理難題を吹っかけられることもあった。それを入手しなければ先へ進めない必須アイテムを求めて、ほうぼうを探し回ることもあった。
 いくつもの困難をともに乗り越えて、四人の絆は深ま……ることはなかったが、割り切ってやっていた。

〈第三章へ続く〉
 



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ご覧の通り、この小説はドラクエみたいにワクワクする物語ではありません。悪しからず!



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