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行政府×デザインにおける異文化理解

これまで神戸市・生駒市ではたらくデザイナーいわき市でのローカルメディアをつくるデザイナーと公務員の対談など、日本の行政府×デザインの事例を紹介してきました。

元神戸市役所の砂川さんは行政内での仕事においてあえて「デザイン」という言葉を使わなかったり、民間企業との差異として時間軸の長さを挙げていたり、このインタビューだけでも行政との協働において普段と異なるマインドセットが必要なことがわかります。

多くのデザイナー/役人にとって協働は未知のものです。私たちも今後そういった行政府領域でのデザインが必要とされてくると考え、リサーチも兼ねてこのマガジンを運営しています。

今回は行政と協働する際に押さえておきたい文化的差異について、行政組織とデザイナーの協働について論じた書籍や、国内外の事例を参考にしながら調べました。具体的なアクションプランとともに考えていこうと思います。

行政府との協働で意識しておきたい文化的特徴

行政とデザイン』の著者で組織コンサルタントのアンドレ・シャミネーは行政府の価値観を理解することが大事だと説いています。

営利企業とは異なり、行政府は市民に対して責任を負って運営しています。目的に向かってまっすぐ進むこと、はじめから正しく進むこと、予測可能性が高いこと、整合性などによる「信頼性」を重要視します。

このような特徴は短期的な「失敗」を防ぐという面では有効です。しかし、「変革」「アップデート」とは相性が悪いとされています。実際に日本の公務員による変革事例をまとめた『なぜ、彼らは「お役所仕事」を変えられたのか?』で、著者の加藤年紀さんは、行政で優れた成果を残した人に共通するのは「常識・前例・慣習」という3つを打破していること、としています。

以下、行政府とデザインを行っていく上で障害になる可能性がある文化的特徴をみていきましょう。

■ 事例主義
信頼性という価値観は「正しいこと」を行うという価値観のため、必然的にあたらしい取り組みよりも成功している事例を重視する傾向にあります。

私は市民が政治家に要望を届けられるサービスを開発するなかで、市区町村議員にヒアリングする機会が多いです。そのなかで、行政にはたらきかける際に、他の自治体の事例を持っていくことは有効というのは強く感じるところです。

一方で「正しいこと」「正しいやり方をする」に対しての区別をしなくてはなりません。成功事例という「正しいこと」を参考にすることはとてもいいことですが、そもそも課題の検証を行ったり、テストを繰り返すといった「正しいやり方をする」ところが課題になっているように感じます。

■ プロトタイピング文化の不在
その「正しいやり方をする」という面では、プロトタイピング文化の不在がわかりやすいです。

デザインのプロセスでは通常、リサーチ、アイディア、仮説検証を反復的に繰り返します。特にプロトタイピングによりアイディアを素早く検証し、短い開発サイクルを繰り返しながら対応策の精度をあげていくことを重視します。

オランダ・アイントホーフェン工科大学教授アド・ファン・ベルロは、デザイナーと行政府の考え方の差異をこのように述べています。

「政府機関とデザイナーの大きな違いは、前者はプロジェクトを実施する前にまず政策面を徹底的に検討する点にあります。一方デザイナーは、最初に提案の構想を練り、小さな反復を繰り返すことでその提案を改良するか、もし最初の提案がそれほどうまくいかないなら新しい提案を考えます。
 (中略)大半の政府機関が政策決定に反復モデルを採り入れることにはまだ半信半疑です。無理もありません。たとえば、新しい税制を導入するとしましょう。初年度は、新しいシステムに足りない部分を経験に基づいて補っていかなければなりません。政策的に言えば、これは市民にアピールしにくい話です」 - アド・ファン・ベルロ

民間企業、特にIT業界だと当たり前になったアジャイル開発的な考え方も、まだ行政府には浸透していません。プロトタイピングは施策の不確実性をコントロールする作業ですが、現状は極端な話リリースするまでわからない、といったウォーターフォール(逆戻りができない)に近い形になっているのでしょう。この点は協働する際に、大きなギャップとなると思います。

■ NIH症候群
シャミネーは実際の行政府との協働で、NIH症候群の壁にぶつかったことがあると述べています。NIHとはNot Invented Here(=ここで発明されたものではない)の略で、外部のコンサルが提案した案件などは、「うちで考案したものではない」という考え方になってしまい、上層部からの見え方として優先順位が低くなってしまうというものです。

同書ではこの文化への対応策として、「いい提案だけすればいいわけじゃない、それに対するサポート体制がないと、可能性が阻まれてしまう」として、行政とデザイナーの橋渡しをする人材の重要性を説いています。

■ ネゴシエーション的世界観
『なぜ、彼らは「お役所仕事」を変えられたのか?』では、行政府の文化をこのように表現しています。

組織の意思決定は、その権限を持つ決裁権者が担っている。「財政課ができないと言っている」「人事課が無理だと言っている」など、発言者が不明瞭な場合は、誰の意図なのかを突き詰めるべきだろう。また、決裁権者に話が届くまでに、どの人物に根回しが必要なのかも合わせて想定されるべきだ。さらに、決裁権者と周囲のパワーバランスも考慮に入れたい。最終的な決裁権者ではなくても、「この人が許可を出せば、周りは納得する」という場合もある。たとえば、A課長が承認すれば、B部長もそれに続くというケースだ。

著者の加藤さんに聞いたところ、民間企業も大企業は上記に近しいところがあり、優秀なビジネスパーソンは経験し、対応するスキルも持ち合わせているものだといいます。

しかし、ベンチャーやスタートアップでは客観的なデータやリサーチ結果、それに対する的確な施策やプランを示せば基本的には「やっていい」という形になることが多いと思いますし、デザイナーがこのような政治的なコミュニケーションを意識することは少ないのはないでしょうか。

行政府では特に引用したような根回しやコミュニケーション能力が重要視されるようです。

■ 無謬性の原則
これもプロトタイピング文化の不在にもつながる話なのですが、私が先日、ある区議会議員の区政報告会にいった際の話をします。そこで議員の方への質問する時間があり、こんな質問が出ました。

「商店街を復興するのに、まず○○(具体的な施策)を試しにやってみればいいと思うんだけど、なぜやらないのか?」 - とある市民(都内の区政報告会にて)

○○は優れた解決策である一方、思い切った改革案の様子でした。それに対して質問を受けた議員の方が、やや困った表情で「改革のハードル」として話されていたのが「行政の無謬性」についてでした。

無謬性とは「ある政策を成功させる責任をを負った当事者の組織は、その政策が失敗した時のことを考えたり議論してはいけない」という信念です。

例をあげると、

 政府は財政再建に責任があるのだから、それが失敗したときに起きる「財政破綻後」を考えてはならない。日本銀行は2%インフレを達成する責任があるのだから、達成できなかった場合の「出口戦略」を考えてはならない。 - 「無謬性の原則と全体主義」2018/5/22 日本経済新聞

というもので、要するに「失敗が許されない」という文化のことです。市民に責任を負う、縦割りの承認システムなど構造的に失敗がしづらい環境になっているんですね。

こうした無謬性のような行政府の価値観は、「目先の失敗」は防げるかもしれません。ですが、それは「なにもしていない」と表裏一体だと考えられます。

失敗を繰り返しても最終的に精度があがっている状態を目指す方が結果として暮らしは豊かになりますし、信頼されるからです。

確かに公務員が失敗したら叩かれます。でも、本当はやらないことによる損害のほうがものすごく大きい。目の前に課題があるのに後回しにすると、その損害がどんどん大きくなっていくんです。 - 酒井直人(中野区長)

どうやってデザイナーは関与すべきか?

このような短期的な失敗がしづらいといった文化のもとでデザインのプロセスを実行すると、デザイナーは「うまくいっている」と感じているのに対して、行政府側の担当者は「失敗している」と感じてしまうことすら起こりうるということです。ではどのように対応すればよいのでしょうか。

■ デザインの認識をそろえる
みてきたように、文化の差異による言葉の認識の齟齬も起きると思います。例えばデザイナーとひとくちにいっても、実際に何ができるのか?の認識をそろえておくことは重要です。過去のプロジェクトをプロセスも含めて話してもいいですし、対話をしながら議論を可視化することでアウトプットではなくプロセスのデザインに関与していくことを、言葉に出さずして示すこともできるかもしれません。

行政府内部の人材に内発的な動機を持って協働することを前提とするなら、デザイナーが納品をしたり、優れた解決案を提案する発注先ととらえられてしまってはなりません。

自分たちに与えられた任務は素晴らしいソリューションを作り出すことだった。だがクライアントは共創的なプロセスを構築してもらいたいとは考えてもいなかった。 - アンドレ・シャミネー

シャミネーは上記のような認識の齟齬により行政の混乱を招き、デザインチームが公的機関の監視下に置かれてしまった失敗談を共有しています。

■ 早い段階からステークホルダーを巻き込む
認識をそろえることも、プロジェクトの目的、進め方もなるべく早い段階から巻き込んでいくことが重要です。

シャミネーはオランダでの自転車用迂回路のプロジェクトで、市議会議員とメインでコミュニケーションをとりデザインを進めていたが、その後自治体側の反対に遭ってプロジェクトが失敗しかけたという体験をし、「プロセスの開始時点で、目標とするスケジュールをすべてのステークホルダーと共有しておけば誤解は避けられた」としています。

行政府との協働の際には担当者が興味を持ってくれているとしても、その先にいるステークホルダーの存在や意思決定のプロセスをヒアリングし、早い段階で認識を合わせておくことが重要そうです。

■ 行政組織とデザイナーの翻訳者をつくる
前述した2つの対策を円滑に進めるには、行政府・デザイナー両サイドの言語を翻訳する仲介者の存在が重要です。シャミネーはそういった仲介者を「バウンダリー・スパナー(越境的行動者)」と呼んでいます。

適切な仲介者がいることでデザインの役割を正確に紹介してもらえたり、ステークホルダーとのコミュニケーションも円滑に進みやすくなります。

■ 行政職員の内発的動機を育む
ネゴシエーション的な世界観の行政は、意思決定において担当者やステークホルダーの立場上のメリットをもたらすことも重要になります。要するにWin-Winの関係をつくるということです。しかしそのロジックだけでは創造的な取り組みを行うことはできません。

政策を創造的なものにするためには、内発的な動機を育んでいくことがデザインの役割として重要になるでしょう。職員の方のなかにある思いやビジョンを共創の過程で涵養していくことで、政治的な損得だけではないクリエイティビティを育んでいく必要があります。

特にデザイナーが外部から関わる場合は、行政組織にいつづける存在ではないだけに、変革の主体を内部の人材に位置付けることが重要になると思います。デザイナーが外注先で、優れた解決策を考えてくれる人、になってしまってはいけません。

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『行政とデザイン』より。内発的動機付けをデザインの役割と位置付け、共創を導くものだとしている。MGAはMutual-Gain-Approachの略で、行政府でのステークホルダーマネジメントの手法のひとつ。あらゆる関係者にメリットをもたらすためのネゴシエーション手法。

協働の事例 | ネゴシエーション分析とステークホルダーへの介入を適切に行う

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迂回路での標識設置の様子(Facebookページより)

先ほども少しだけ触れたのですが、シャミネーも関わっているオランダ・アムステルダムで高速道路の工事によるトンネルの閉鎖中に、自転車用の迂回路をつくるプロジェクトの取り組みが、とても参考になりました。

具体的なデザインプロセス下記のようなものでした。(※文章から読み取ってナンバリングしたものなので、正確にはもっと項目はあると思います)

1. ネゴシエーションの分析
- 私たちが作成した提案は受け入れ可能なのか?
2. 誰が何を根拠に判断するのか?
- スケジュールの計算スケジュールの計算
- クリティカル・パスを検討するととで解決までにどれくらい時間があるかを確かめた
3. (ステークホルダーへの適切な介入) ※前述したように、このプロジェクトでは忘れられており、後に必要だったと述べている
4. トンネルの利用者へのヒアリング
5. プロトタイプの提案
6. 各部門(国・自治体・交通専門家ら)から代表者を集め、フィールドワーク・共創的なデザインプロセスに参加してもらう
7. 迂回路の実現
8. 開通式

行政との協働経験を積んでいないデザイナー的な思考だと、もしかしたらまずユーザーリサーチからはじめてしまうかもしれません。しかしシャミネーらは行政組織の構造を分析し、例えばクライアントである水道局はどのような提案なら受け入れるのか?請負業社は?自治体は?など各ステークホルダーの目的を整理するところからはじめています。

途中、ステークホルダーへの適切な介入を忘れてしまうなどのトラブルはありましたが、その後対話を重ねてリカバリーを行い、リサーチと提案のあとはその反省を活かして各部門の代表者を参加させてデザインを進め、結果として住民からも満足度が高い迂回路が出来上がったそうです。

組織文化をデザインする事例 | チリ政府の実験文化の醸成

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Experimentaのワークショップの様子

また、行政府の「失敗できない」文化自体をリデザインしてしまおうという取り組みもあります。

例えばチリ政府は、行政職員のイノベーション能力を構築し、チリの公共部門におけるイノベーションを可能にすることを課題として、Laboratorio de Gobiernoを立ち上げました。その一環として、同研究所は「Experimenta」と呼ばれる実践ベースの能力開発プログラムをつくりました。

このプログラムは、277人の公務員を30チームにわけて「人間中心」「共創」「システム思考」「実験的」「体験重視」を原則とするとイノベーションスキルを身につけるもので、以下のような原則で進められました。

1. まずは行動し、体験から学習する
2. 現実の公共課題に取り組む
3. 専門家との共同デザイン

実際の進め方としては、まずは基本的なデザイン概念の学習から行います。例えばダブルダイヤモンドモデルの理解や、社会調査やステークホルダーマッピングの手法を学びます。

その後にチームで公共の課題に向き合い、アイディア形成からプロトタイピング・テストを繰り返していきます。その学習過程は「Experience Learning Cycle」として、概念化されています。

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プログラムの学習デザインで重視されている「Experiential Learning Cycle」

a. 体験(あるべき未来を体験したり、改善すべき現在を再現する)
b. 内省(これらの経験を振り返って、ギャップを探る)
c. 概念理解・形成(あたらしい考えを形成したり、現在の概念を修正したりすることで概念化を行う。何がどのように機能し、どのように成功するかについての広い原則や一般的な経験則、「成功するモデル」の仮説を立てる)
d.実験(c.で作った概念を適用したり、ツールを実装したりして、現実に実験すること。方法や重要な概念、あるいは仮説を検証すること)

プログラムが終わったら、参加者は以下のような評価シートを記入し、個人/チーム/組織にどのような変化があったか?を記録します。

・態度(マインドセット/アプローチ)
・能力
・行動
・言葉
・役割
・信頼関係(相互作用)
・環境(インセンティブ)
・アウトプット
・波及効果

詳しいプロセスはレポートが公開されており、ここで振り返りシートなども閲覧することができますので、参考にしてみてください。

過去に取り上げたMildLabニューヨークのサービスデザインスタジオなど、主要なデザイン/イノベーション機関の多くが行政組織の文化をデザインするトレーニングを行っています。旧来の行政組織の文化自体が変革へのボトルネックになっていたり、改善すべきアプローチ対象となっている時流が伺えます。

まとめ

みてきたように行政の文化は保守的であり、デザインやスタートアップなどの考えの根底にある「失敗を繰り返すことが成功につながる」という価値観はなかなか受け入れがたいものになっていることがわかりました。また、事例で取り上げたように普段のデザイナーが取り組む業務よりも、プロセスの準備段階や進め方で、ひと工夫もふた工夫もする必要があることもわかりました。

行政組織のメカニズムや政治的な立ち振る舞いとも関わってくる部分なので、デザイナーに求められる役割としてはチャレンジングですが、今回みてきたような実践例を参考にしながら取り組んでいけたらと思います。

また本記事はあくまで書籍や文献、事例などのリサーチを元に考察したものなので、実際の行政府×デザインに関心がある現場の方などと意見交換などもできると嬉しいなと考えています。

本マガジンでは今後もこのような、行政とデザインに関する記事を更新していきます。よろしければマガジンのフォローをお願いします。また、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterのDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Reference

・アンドレ・シャミネー『行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方』
・加藤年紀『なぜ、彼らは「お役所仕事」を変えられたのか?』


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