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生産設計とプロジェクトの透明性【その1】

前回の記事はこちら:建築生産の歴史と実情【その2】

生産設計の意義と効果

安藤正雄は、GCによる設計施工一貫方式を「日本独特の調達方式」であるとし、この方式が発注者と受注者の双方にメリットをもたらす方式として、永い間日本において受け容れられてきた慣行であることを指摘しています。先述した通り、日本においては入札時の設計図書は詳細度が十分でないことが多くあります。安藤によれば、これは設計期間の短さや設計料が不十分なことに起因するというよりも、入札時点の設計図書の完成の低さはプロジェクトの早期段階での川下側(GC、SC)の参画を促すことにつながり、むしろプロジェクトでの問題の早期解決につながっています。プロジェクトにおける早期段階でのGCの参画は、施工段階の品質確保や施工性を考慮したディテールの検討等を行う生産設計作業の前倒しにつながり、結果として発注者・受注者の双方に利益をもたらす、というのが安藤の指摘の趣旨です。「生産設計は利潤確保と能力構築の源泉であり続けた。生産設計(つくり込み)の能力こそ、日本のGCが獲得し諸外国のGCが獲得しえなかった能力であると言ってよい」と安藤は述べています。(7)

日本のGCが、安藤の指摘するような「生産設計能力」を獲得したことは、建築プロジェクトにおける品質向上や課題解決の早期化につながった一方で、同時に、建築主・設計者・施工者の関係性において、生産設計能力を行使するGCの影響力と負担が大きくなったということも意味します。前出した佐藤正則は、「生産設計」とは元来は工業製品の分野で用いられてきた語であると述べ、建設業界で「生産設計」という言葉が使われ始めた時期を、80年代末から90年代初頭であることを示唆しています。この時期に、設計者の繁忙化や設計業務の複雑化を背景にして増加した設計図の不備(間違い、不整合)を補う存在として施工図の重要性が増すようになり、やがてGCが作成する生産設計図を前提にして設計図の詳細度が決められるようになっていきます。端的に言えば、設計段階の詳細度・確定度はますます低下し、生産設計段階にならなければ詳細な検討が始まらず、GCの作業負担や施工段階で図面の不備が発覚することによるリスクがますます増大する、という事態が常態化してしまったということです。この結果として、設計と施工の役割分担や責任区分の曖昧化を招いた、と佐藤は指摘しています。

佐藤によれば、本来は発注者が行うべき工事現場の近隣対策や、設計者が行うべき確認申請などの行政手続きをGCが代行するという事態が、バブル期の前後には横行していたと言います。確認申請の代行までゼネコンが担うというのは現在ではさすがに考えにくい事態ではありますが、筆者らが実際に出会ってきた年長の実務者の方々からも同様の証言を得ていることから、業界内で幅広く行われていたことなのだろうと想像できます。GCが活躍する「グレーゾーン」の幅がいかに広がっていたかを、わかりやすく示すエピソードです。もちろん佐藤は、GCの実務者を疲弊させていた当時の状況を憂い、強い批判的な論調で指摘しています。
佐藤の議論の念頭におかれているのは、90年代に相次いだ建設業界における一連の談合事件です。関係事業者の責任や役割の曖昧化と、ゼネコンの担う役割の過剰な拡大がプロジェクト管理の不透明性や非合理的な生産体制をもたらし、結果的には全国的で大規模な談合の常態化につながった、というのが佐藤の主張の論旨です(8)。その後も定期的に建設行政にまつわる不正が取りざたされていることを考えると、佐藤の主張は、三十年近く経過した現在でもアクチュアルなものであり続けていると言えるでしょう。同時に安藤が指摘するように、設計と施工を繋ぐ段階としてGCが生産設計に注力することで、品質や施工性の向上を合理的に実現してきた側面もあることから、メリット/デメリットを踏まえた上で、日本の建築プロジェクトにおける生産設計の存在は特筆すべきものです。

プロジェクトの透明性・公平性のために

ここで、建築プロジェクトをさらに俯瞰的に把握するために、この分野におけるもう一人の重要人物・草柳俊二の議論を引用します。
草柳は、建築生産におけるプロジェクトにおいて透明性・公正性・公平性を確保するためには、①その執行体制の構築、②契約管理、の二点が重要であると述べています。国際的な建設市場と比較した際、日本の建設市場においては①②のどちらの重要性も十分に認識されていないことを、草柳は指摘しています。草柳によれば、国際的な建設市場で多く適用されるFIDIC(国際コンサルティング・エンジニア連盟)の定める契約約款では、〈発注者〉・〈受注者〉・〈専門技術者集団〉の三者が均衡した関係でプロジェクトを進める「三者構造執行形態」が基本となります。この場合、二つ目の〈受注者〉とはGCを指しており、三つ目の〈専門技術者集団〉は英文の「The Engineer」の訳語で、発注者・受注者のどちらからも独立した機能として役割が明記されています。草柳によれば、建設コンサルタント等の企業がこの〈専門技術者集団〉を担う事業者として想定されています。

三者構造執行形態における〈専門技術者集団〉は、プロジェクトの経過を〈受注者〉に管理させ、〈発注者〉に確認させることができます。これにより、〈受注者〉はプロジェクトの経過が適切に行われていることを明確にする義務が生じ、一方の〈発注者〉はその経過を確認する義務が生じます。このように、役割の異なる三者によってプロジェクトの経過を管理していくことで、プロジェクトの透明性が担保されるというのが、草柳の主張です。

草柳は、日本においてはこの「三者構造執行形態」が構築されず、発注者と受注者の二者のみによる「二者構造執行形態」でプロジェクトが管理されてきたことを指摘しています。草柳は「二者構造執行形態」によって進められてきた建設プロジェクトのありようを「協調の原理」と呼んでいます。発注者・受注者・関係事業者が互いに信頼関係を結んだ上で、曖昧や役割分担や責任区分のもとに強調して物事進めるプロジェクトの在り方は、敗戦後・高度経済成長下の日本においては戦後復興を迅速に成し遂げるのには効率の良い仕組みだった反面、プロジェクトの透明性や契約の公平性・中立的な第三者によるプロジェクト管理への意識が十分に醸成されてなかった、その慣行が現在まで引き継がれている、と批判的に指摘しています。(9),(10)

図10.二者構造執行形態と三者構造執行形態, 筆者ら作成

大変長くなりましたが、ここまでが第一部の内容です。ここまでお読みいただいた方、ありがとうございます。大変お疲れ様です。
ひとまず、第一部で述べた内容を下記の通りに整理します。
・英米と比較した際、我が国の建築生産プロセスにおいては、元請業者であるゼネコンの役割が非常に大きい。

・生産設計は、80年代から90年代にかけてプロジェクトにおける設計図の不備を補う観点から重要性が認識され始め、現在では建築の品質・施工性を確保するうえで最重要な作業の一つとなっている。

・国際的な建設市場においては、発注者・受注者から独立した機能である第三者である〈専門技術集団〉の存在によって担保される「三者構造執行形態」が推奨される一方、日本においては発注者と受注者による「二者構造執行形態」の慣行が引き継がれており、プロジェクトの透明性の確保を困難なものにしている。

第二部ではいよいよ、BIMについて論じます。
日本の建築生産プロセスの成り立ちや実情を踏まえて、BIM活用の在り方について考察します。

(7)安藤正雄「日本型建築生産システムの成立とその強み・弱み」(『建築ものづくり論』)有斐閣,2015)
(8)日刊建設工業新聞社編集局『犠牲と変革 岐路に立つ建設業』1994(9)草柳俊二「建設産業の透明性向上に関する研究」2002
(10)草柳俊二『建設契約管理の理論と実践(上)』日刊建設工業新聞,2019

建築生産の歴史と展望
1.BIMを活用した設計・生産設計の協業体制の素案
第一部
1.建築生産の歴史と実情【その1】
2.建築生産の歴史と実情【その2】
3.生産設計とプロジェクトの透明性【その1】
第二部
1.日本におけるBIM活用について【その1】
2.日本におけるBIM活用について【その2】/あとがき
後日談
1.建築生産の歴史と展望(後日談)【その1】
2.建築生産の歴史と展望(後日談)【その2】
3.建築生産の歴史と展望(後日談)【その3】

著者略歴
押山玲央 / Reo OSHIYAMA
株式会社白矩 代表取締役、東洋大学非常勤講師

中村達也 / Tatsuya NAKAMURA
株式会社大林組 設計部所属、一級建築士

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