ドイツのコロナ対策班がクラスター対策の重要性を訴え始めた

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この1週間、ドイツの新型コロナウイルス対策チームからクラスター対策――それも日本と同じ理論的背景を持った――の重要性を指摘する声が相次いで報じられるようになった。

ドイツ新型コロナ対策チームの中心人物の一人、ウイルス学者のクリスティアン・ドロステン氏は、この数日スーパースプレッダーの存在に着目した見解を出している。この発言の背景になっているのは、スーパースプレッダーについて論じた最近のいくつかの研究である。これらの研究については、Science誌のドイツ特派員からの報告にまとまっている。

その中の一つ、スイスの研究チームによる数理疫学的な研究では、新型コロナウイルスは大量の二次感染を起こす少数の人と二次感染を起こさない多数の人に分かれ(dispersion parameter (k)が小さい)、インフルエンザとは異なる伝播様式なのではないかとしている。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine; LSHTM)の研究チームは、R₀が1.4-12、kが0.04-0.2(95%信頼区間)と、SARSに近い推定値を出す一方、香港の研究グループは、元祖SARSほどは少数のスーパースプレッダーに依存しておらず、よりインフルエンザに近いのではないかと報告している。総じて、元祖SARS並みか、またはそれとインフルエンザの中間程度という推定となっている。これは日本の対策チーム(専門家会議の公式発表高山先生)が2月に出した見解と同様である。日本の専門家会議が当初出したデータが、世界中の様々な研究グループで追認されているというのが現状であろう。

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筆者3/3の記事より自己引用


クラスター対策を理解している方にはおなじみと思うが、少数のスーパースプレッダーがいることが分かったとして、それを事前に見つけることができれば感染を封じ込めることができるが、その条件の特定は容易ではない。この条件の特定と予防策へのフィードバックこそがクラスター対策の鍵であり、単なる接触追跡と異なるところである。

“If you can predict what circumstances are giving rise to these events, the math shows you can really, very quickly curtail the ability of the disease to spread,” says Jamie Lloyd-Smith of the University of California, Los Angeles, who has studied the spread of many pathogens. But superspreading events are ill-understood and difficult to study,
(「数式は、どのような状況がこれらのイベントを引き起こしているかを予測することができれば、非常に迅速に病気を広げる能力を抑制することができることを示しています "と、多くの病原体の広がりを研究してきたカリフォルニア大学ロサンゼルス校のジェイミー ・ ロイド ・ スミスは言います。しかし、スーパースプレッディングイベントは理解されておらず、研究が困難であり……)
―― Kai Kupferschmidt. Why do some COVID-19 patients infect many others, whereas most don’t spread the virus at all? Science. May. 19, 2020.

この条件の特定についても、海外の研究グループが取り組みつつある。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)のチームによるクラスター発生報告のレビュー(査読中)では、クラスターの多くが室内環境で発生しているとしている。これはいわゆる「三密対策」の原型となった西浦氏の論文と同じ見解である(当該レビューの中には西浦論文で取り上げたクラスター発生事例も含まれる; また、西浦論文には当時「見つけたものだけの特徴を探していてサンプリングバイアスがあるのでは」という批判があったが、LSHTMの論文も同様であると論文中で自己言及している)。

また、ドロステン氏は感染の半分はエアロゾル感染によるのではないかという見解を示しているが、これも三密対策の理論的背景の一つであり、4/1のNHKの特集では、専門家会議メンバー監修でエアロゾルの滞留時間の測定が放映されている。

加えて、ドイツの医師で医療ジャーナリストのクリストフ・スペクト氏は、新型コロナウイルスの二次感染の多くが発症前に起こるという論文をベースとして、患者は基本的にクラスター的に見つかるはずで、アプリなどを用いた接触者追跡によるクラスターの捕捉が重要であるという議論を行っている。これは筆者が4月頭に書いた記事で解説した通りである。


日本の専門家会議・クラスター対策班が依拠してきたデータは、世界中で再現され、特にドイツチームがクラスター対策の重要性に気づきつつある、という状況である。もちろん彼らは、日本が対策を先取りしていたということを理解している。日本のクラスター対策が単なる接触者追跡以上である理由、すなわち予防策へのフィードバックについても氏は理解している。

Japan, which was hit early but has kept the epidemic under control, has built its COVID-19 strategy explicitly around avoiding clusters, advising citizens to avoid closed spaces and crowded conditions.
(早期に被害を受けたが、流行を抑えている日本では、COVID-19の戦略をクラスターを避けることに重点を置いて構築し、閉鎖空間や混雑した状況を避けるように市民に助言している)
――Science
Wie weit man bei Sars-CoV-2 mit der Strategie der Clusterverfolgung kommen könne, zeige das Beispiel Japan, wo man sie von Anfang an eingesetzt habe. Dort seien die Totenzahlen niedrig und auch die Inzidenzen gingen langsam, aber stetig zurück. Dies liege daran, dass der politisch-epidemiologisch Verantwortliche "seine Feuertaufe bei Sars-1" gehabt habe, erklärt der Virologe. Er habe ohne die entsprechenden Daten anhand seiner Erfahrung und Auffassung gehandelt."Das war mutig und es scheint gut gegangen zu sein. Und das müssen wir uns unbedingt als Beispiel für die nächste Zukunft jetzt nehmen", sagt Drosten.
(日本の例を見ると、SARS-CoV-2がクラスター追跡戦略でどこまでできるかがわかる。そこでは、死者数は少なく、発生件数はゆっくりと、しかし着実に減少している。これは、防疫責任者がSARS-1で「火の洗礼」を受けたという事実に起因している、とドロステンは説明する。日本は自分の経験や意見をもとに、関連資料を持たずに行動していた。「"勇気"があって、うまくいったようですね。そして、これは我々が今、近い将来のために絶対に手本にしなければならないものです」とドロステンは言う)
――Japan bestes Beispiel: Drosten jagt die Superspreader. NTV. 29. MAI 2020

ドロステン氏の意見には、「いや、データはあったし論文にするだけの人手が足りていないだけなのだ」と反論したいところだが、ともあれ、ドイツの新型コロナ対策班がクラスター対策の重要性を理解し、日本チームの先見性に気づいたのは事実だろう(ドロステン氏の意見に対して「日本はSARSの洗礼を受けていない」という反論はあろうが、今回の対策班のリーダーである尾身氏と押谷氏が当時WHO所属で、尾身氏は対策の陣頭指揮押谷先生はハノイで現地対応していたとのことである)。

欧米初のクラスター対策への注目がドイツになったのは、欧米は接触者追跡のフェーズを得ることなくいきなりロックダウンに突入したためデータがなく、最初にロックダウンから抜け出したドイツが最初に気が付いたのだろう、というのが筆者の推測である。

-- shutdowns have been so effective that they also robbed researchers of a chance to study superspreading events. (Before the shutdowns, “there was probably a 2-week window of opportunity when a lot of these data could have been collected,” Fraser says.)
シャットダウンは非常に効果的であったため、研究者からスーパースプレッディングイベントを研究する機会を奪ってしまった。シャットダウンの前には、「多くのデータを収集することができたであろう2週間の機会があったはずです」とFraser氏は言う。
――Science.

日本で緊急事態宣言が解除されて以降、「日本の対策はよくわからないのになぜか効果を発揮した、謎だけどすごい」というような記事が大量に現れたが、このドイツの事例はそのようなただ「誰それが日本を褒めた/貶した」しか興味を持たない記事とは一線を画し、クラスター対策の理論的背景をなぞり、日本の対策班の収集データの再現性を提供してくれたという意味で重要な知見である。

クラスター対策は全てではないし、海外に学ぶ必要がある

もちろん日本の対策が完全というわけではない。まず、クラスター対策は検査・追跡能力が感染者数に対して十分な時にとれる対策であって、欧米のようにそれを超えて(いわゆる「オーバーシュート」して)しまえばクラスター対策だけでは不十分となる。この見解は日本が緊急事態宣言を出す直前の感染症学会の資料で確認することができる。検査・追跡能力が高いほどロックダウンを回避できるため、専門家会議は、副作用がないのであれば検査・追跡能力は増強されるに越したことはない、という見解を一貫して出している。ドイツはこれを医師の再配置という形でやってのけた。制度が異なるのですぐ取り入れられるわけではないが、学ぶことは多い。

また以前に述べた通り、現状のクラスター対策では院内感染やデイケア・訪問介護でのクラスター発生は防ぐことができず、明らかにそこが穴になっている。この点の穴埋めは別の方法でする必要があるし、それには世界の知見が必要だろう(ロンドンのインペリアルカレッジから有用な案が出ている)。夜の街クラスタについても、現在の所休業要請以外の手がなく、産業維持とのバランスは見いだせていない。同様の対策はアジア各国でも試みられており、これもまた世界の知見が求められる。クラスター対策はあくまで一つの側面であり、この未知の病気に対して、世界から学ぶことのほうが多いだろう。

ただ、日本が一方的に世界から学ばせてもらうだけでは他者の貢献にただ乗りしているようなものである。日本もできる限り自国内で得た知見を世界にお返ししたいところである。これらの記事では接触者追跡についていくつかの例を挙げてプライバシーの保護が重要であるとしているが、日本でも接触者追跡アプリや報道発表の議論はなされており、これらの知見も積極的に英語発信してシェアすべきではなかろうか。

そして、分野も医学だけに限らない。現状、政府側が対策班の知見を活かす連携もまだまだ不十分と見ざるを得ないが、このあたりは、医学関係者だけでなく法学や政治学などの、他の分野の方の助力もお願いしたいところである。


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