ニューノーマルでの定点観測

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、個人的なフォロー推奨リストを参考にしていただけますと幸いです。
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

新型コロナウイルス対策について、前回のエントリでは、最後にワクチン開発までの「ニューノーマル」環境下では散発的に50人程度のクラスタが発生し続けることを覚悟する必要があると述べた。これは、今回のウイルスが潜伏性が強く重症化まで時間がかかるうえ、発症前に感染させるという特性から予想されるものである。根絶すれば話は別だが、すでに国内外に広がってしまっておりそれに期待するのは無理だろう。

実際、当該エントリの発表後、「ほとんど封じ込めた」と思えていたアジア各国で、散発的なクラスタ発生が報告されている。台湾ではほぼ封じ込めと言える状態になった後に海軍で30人規模の感染が発生した韓国では自粛軽減後にナイトクラブで50人超の集団感染が発生した中国でも時たまぶり返すことを繰り返している

今回のウイルスは根絶に持ち込むことはもはや期待しづらく、この散発的発生を完全に防ぐことは困難であると考えたほうがよい。対策としては、小規模クラスタのうちに潰せるよう監視し、予防策を取ることになる。ただ、予防の中でも主たる位置を占める行動制限・自粛は、我々の自由を減らし、雇用に悪影響を与えるものであるため、可能な限り緩くしたいところである。本稿では、行動制限をなるべく減らすための方略として、(1)重点監視対象の仕分け(2)定点観測能力の増強について考える。

定点観測と自粛解除

前述した通り、今回のウイルスは発症した患者を検査するころにはすでに二次感染が生じていた可能性が高いという特徴があり、それゆえに散発的クラスタの発生は覚悟しなければならない。

しかし、疫学的な定点観測により発症前のキャリアも検出できるなら、二次感染の規模を抑えられるため、リスクを下げることができる。アメリカでは行動規制を解くためには1日2000万件、2週に1度の国民全員検査を実施するべきなどの論調も出ているようだ。日本国内でも元々思考実験的に(考えるフレームワークとして)言っていた方はおり、最近は経済学の諮問委員の小林慶一郎氏が国会で同様に答弁している(思考実験を軽々しく答弁するなと評判はよろしくないが)。

こういった定点観測は現に行われている場合もあり、例えばポルノ業界では比較的短いインターバル(2週間)での性病検査が義務づけられており、感染症のリスクを管理しながら業務を続けるうえでは定番の手法と言える。

なお、同じ人を定期的に検査することが重要である。一度だけの全員検査は意味が薄く、偽陰性、潜伏期間、検査の個人間のタイミングずれによる見落とし、海外交流再開後の再流入などには対応できない。

定点観測と能力の問題

今回のウイルスに対して定点観測しようとすると、規模の問題に突き当たる。少なくとも今現在まで行われているPCR検査と同じスキームでは予防的定点観測を行うにはキャパシティが圧倒的に足りない。前述のアメリカの試算では全国民に短いインターバルでの検査を実現するため1日2000万件といった数が提案されているが、現在PCR検査が多い国でも2か月の通算でやっと数百万程度(韓国でも50万程度)であり、桁が2つ足りない。1人1回2万円の検査を週1回行えるかどうか――またそれだけの金額が動く検査体制を構築できるかどうか怪しいというのもよくある批判である。

この問題に対する対処は主に二つ考えうる。一つは、検査能力の限界を踏まえたうえで定点観測による防疫効果が高い対象を選んで検査するという方法、もう一つは異なるスキームで(PCR以外の手段も含めて)検査能力を拡大するという方法である。

重点監視対象の仕分け

{限られた検査能力の中で定点観測検査対象を選んで行うとして、誰を対象に検査すると防疫効果が高いか}という点については、英国インペリアルカレッジのCOVID-19対策チームの第16報で検討がなされている。これによれば、発症者および発症者の接触者の検査は行われているという前提のもとで、ヘルスケア労働者を検査すれば追加で25-33%の感染伝播が抑えられるが、発症者でも接触者でもない一般人を追加で検査しても防疫効果は期待できないと結論している。国内でも、3月末からの流行期を過ぎて以降は、新規感染者の多くが無症状の医療関係者となっており、沈静期においては医療介護での観測の意味が大きいことは確かだろう。

医療介護施設は、感染者が集まってきやすいことから疫学調査の意味もあり、また高リスクな人口を守るという意味でも正当化されやすい。また、検査は一回では少なからぬ偽陰性があるのでいわゆる「陰性証明」はできないというのが標準的な医療者の立場であると考えられるが、医療機関における疫学調査であって一定の偽陰性の発生を織り込んだうえで検査回数・人数を一定数確保し、{ある施設内に1人でも感染者がいる確率}の検出精度を高めると考えれば意味があることは受け入れやすいのではないかと思われる。

経済対策という意味では、自粛要請が出されている部門で定点観測を行い、業務を再開させるという方法が考えられる。しかし、定点観測による意義がありそうなのでは旅行業におけるホテル従業員および清掃業者など、従業員が感染のハブになるケースに限られるだろう。大規模イベントや飲食店など、客同士の接触が問題になるケースでは、従業員だけ検査しても実効性は低いだろうし、イベントごとに検査の実費を徴収するといったことをすると割に合わないという結論になるのではないかと思う。

検査数増のボトルネック

次に、検査能力の拡大について考えよう。日本では検査の不足がよく言われるが、患者側から検体を採取して結果を知らせるまでには多くの過程があり、この過程のどこを増強すれば検査能力が高められるかは判断が難しい。例えば簡単に考えるだけでも以下のようなものが考えられる

・医師による検体採取の労力的負担がある
・検査機器が不足している
・(臨床対応まで訓練された)検査技師が不足している
・消耗品の試薬が不足している
・検査機器や潜在的な技師の供給はあるが、標準化されていない
・検査機器や潜在的な技師の供給はあるが、予算が不足している
・隔離までの法的対応を行うための行政的な部分で渋滞している

これらのどこに問題があるかは、専門の行政官が立ち入って総合的にコーディネートしないと解決は難しいだろう。素人がくちばしを挟んですぐ解決できるような問題ではない。

ただ、上記の要因を個別に見ると、工夫や技術で解決できる問題も存在する。例えば、医師による検体採取の労力的負担がある点については、唾液検体の採用で医療関係者の手を煩わせない大幅な省力化が見込まれ、これは日本でも採用予定である。また大型の検査機器でも試薬が出そろいつつあり、機器や試薬の不足などもこれによって補えると考えられる(ただし定点観測中は同じ人は同じ機器・試薬を使い続ける必要あり)。抗原検査も新たに認可されている。行政的ボトルネックについては新システムが導入されつつある。

ただ、これらの方法を用いたとて、やはり検査上限は1~2桁上がるにとどまり、「国民全員定期検査」はやはり厳しいのではないかと考える。仮想的に言えば、リトマス試験紙のようなものを毎朝口に含んで色が変わらなければOK、変われば医者に行く、というのが検査法で達成しうるゴールになるだろうが、そのレベルの検査が可能な方法が開発される前にワクチンが開発されると思われるので、ここでそれを夢想しても詮無いことである。

今の検査体制と異なるフレームワークで考える

検査が増やしにくい理由の一つとして、「何のために検査するのか」という目的も指摘することができる。すなわち、検査の目的は複数あり得る

現在行われているPCR検査は、有症状者を医師が診察の過程で検査する疑似症サーベイランスと、保健所が感染者から接触者を追跡して検査する積極的疫学調査の2種類である。これらの検査では、患者の治療方針の決定や、隔離(強制治療)という自由権の剥奪を行うものであるため、{この人が感染者かどうか}という人的特異性を強く求められる。間違いで隔離することは許されない。

一方で、医療関係者への予防的定点観測など、もとより感染していないと想定されるケースの念のためのチェックでは違うストラテジーが考えられる。予防的定点観測ではまずもって医療施設内に新型コロナウイルスがいるかどうかが第一の関心事であるから、個人特異性をある程度潰して{ある施設内に1人でも感染者がいる確率}を高めた検査でもよい。もちろんそこから二分探索的に感染者の確定と治療・隔離のための検査をすることもできるし、「犯人捜し」をすることが憚られる環境下であえて個人探索に進まないこともできる。

それが許されるならば、感度が低くとも簡易に測定できる方法や、血液製剤の事前検査で用いられるような複数人の検体を混合する方法の採用が考えられる(ただし、リンク先記事にある通りあまり薄まると検出できなくなるので限界がある)。「私が新型コロナか検査して」という個人特異性を除き、「どこに患者がいるか調べて」という疫学的目的に限ってしまえば、検査人数を大幅に増やしつつ低コスト化する選択は可能であると思われる。

全員検査は可能なのか

ここまでざっくりサーベイしてきたが、手技・技術的ブレイクスルーと、検査目的にあわせた検査ストラテジーによる水増し(複数人混合など)で、今の10~100倍程度の検査数――すなわち、国民の0.5~5%程度が毎週検査する(ただし個人性が潰されている可能性はある)くらいの数は稼げるのではないか、というのが私の霊感である(現在武漢で1回限りの大規模検査で2週間での全数検査を目指しているが長期的・全国規模は考えられていない)。

現在週5万くらいのペースの所、週100万人くらいまでは(個人特異性は潰されるが)測れる可能性があるということを念頭に置いたうえで、その能力を定点観測に割り振ることのコストや感染防止効果について考量することは、実際に有効かどうかは別として不可能ではない、というのが私の意見である。

少なくとも、医療・介護での定点観測については、コストに対して感染抑止効果のベネフィットが勝ち、正当化されるだろうと私は考える。一方で飲食店やイベント屋などの客にお鉢が回ってくるかは不明であるし、コストとの考量をするなら政府の経済学専門家会議に入った医療経済学の専門家なる人が(確実に実施できるだけの具体性のある)資料を提供すべきだろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?