パラドックスロイド感想文



オーエンのこと「どんな魔法使いか」と問われると困る。
正直タイプではない。しかしほっとけないやつだとは思っている。
同時に、彼の行く先は決して生温い幸せなどではないだろう、と思う。血反吐を吐きながら、一人薄汚れた洞窟の中とかで苦痛にまみれて死んでいくかも知れない。見下していた人間に寄ってたかって殺されたりするかも。そんな終わりがいくらでも想像できてしまうくらいに、オーエンというキャラクターは不器用に見える。

こんなことまで書いといてあれだが、彼は自分自身のことを何も知らない。私も彼のことを何も知らない。
だからこんなことを考えるなんて、ちょっと仲良くなる段階がズレているのかもしれない。
でも考える。彼の幸せは何だろう?と考える。
それは彼が、私たち賢者を観測しえない所に消えてしまう事に行くことではないだろうか。
そう思ったのがパラドックス・ロイドを読んだ感想だ。

パラドックス・ロイドの中は、魔法使いたちの生きる世界にも劣らず混乱してはちゃめちゃだ。
アシストロイドと人間が共存する世界。その中にオーエンと、賢者である私という身元不明のアシストロイドが出会うところからシーンが始まる。満月に桜、飛び交うせわしないネオン、アイスの味が口の中で溶ける電子広告。でたらめな世界で私たちは、人間であるカインとも出会った。警察官なんてやっているカインは二枚目俳優の吹き替えみたいなセリフで私の心をわくわく、焦ったくさせる。彼は私たちを空飛ぶバイクに乗せてこう言った。

ようこそ、この世界へ。
この夜も、あの月も、春の風も、
あんたたちのものだよ。
ベイビーたち、全身で感じてくれ。

「魔法使いの約束」パラドックスロイド5話

オーエンは、その時どうしていたっけ。実はあまり覚えていない。
多分私の隣で同じように目をキラキラさせていただけだ。
全てが真新しくて、不思議に満ちた素敵な夜。
金曜日、会社から歩いて帰る道のりに似ている。
花びらも足も、春の夜風が舞い上げて、夜空へ駆け上がってしまいそうな無敵な夜。暗がりの先にはいくつもの不思議な世界が待っている。そう思わせるあの夜。
魔法舎でのオーエンを知っていたらきっと信じられないと思うが、でも確かに私たちは友達になった。

オーエンは道化の役が好きだ。
自ら進んでそれをやるくらい好きだ。(これはもちろん皮肉でもある)
そしてこの世界でも道化をやっているけど、最後は色んなことにかたをつけて、ちゃんと自分を操る糸を切った。見せ物の小屋の外へ飛び出していった。
私たちの観測し得ないところにいった。それは、友達の私のことも、カインのことも置いていってしまう事だった。オーエンは友達なんていらないから飛び出したわけじゃない。自由であるためには、色んなものを失う。友達というしがらみの糸も切らなきゃ、飛び出していくことはできない。
オーエンが真の意味で幸せだと感じるには、そうじゃなければいけなかった。
彼の幸せは友達ができることなんかじゃない。自由になった手足で歩き、与えられたものではないものを得て、笑って泣いて怒って悲しんで、自分の幸せを探して生きていくことだ。
そしていつかのわたしと同じように、あの無敵の夜を過ごすみたいなことなんじゃないかなと思う。

きっと、オーエンは寂しがりやだからみんなで食べたアイスが恋しくなるだろうし、メンテナンスだって大変だ。アシストロイドとしての価値を狙ってオーエンをバラバラにしようとする奴もいるかもしれない。
何より、あんな素敵な夜を三人で過ごせないことが、私は寂しい。
だけど、自由だ。この切なささえ、その体験すべて、オーエンのものだ。

まるで綻んだ花みたいだと思った。きれいに咲いて、勝手に風に靡いて散っていく。
手をかざしてそれを私は見上げている。
そんな幸せを友達になったオーエンに掴んで欲しい。そう思う話だった。

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