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吃音画

小さい少女が美術館に売られる。まだ物事がうまく理解できない。14歳の誕生日を迎えるまで、さしあたり入口のもぎりを手伝わされる。いよいよ少女がデビューする復活祭、養母代わりの老婆は永らく貯めてきたこづかいを少女に手渡す。この日のために夜なべしたドレスを見せる。「うわっ、お姫様みたい」と少女は屈託ない。さらに老婆は、横町に並ぶ店へ行くように、一級の身支度をするように、最後の助言を忘れない。そこで19世紀の貴婦人にふさわしい衣装をいっそう洗練させろ、と。「お聞き、コルセットはゆとりのあるものにするんだよ、あとでドレスの上から締め付けるから。紐はなめし皮にしてもらって。そうそう、髪結いにもちゃんと言うんだよ、ヴィクトリア朝のヘアースタイルにしてくれってね。お金が余れば、日傘を買うといいさ」。うむうむ一人で頷き、まるで自分自身の晴れ舞台みたいだ。少女が買物に出かけたあとも、もぎりの老婆は頬を紅潮させている。これでいいのさ、フフッ、あの娘のような生娘が貴婦人に化けると、それこそ殿方衆はご満悦なのさ。

翌日、美術館に登場した少女の容姿たるや、目も眩むばかりの美しさだ。後期印象派のギャラリーでは、早くも採光係や大工たちが集まっている。この日のヒロインのための準備に忙しい。自慢の娘の手を引き、老婆は恭しく館長に挨拶を済ませる。特大の肖像画がいくつも壁に掲げられている。そのなかでお高くとまった、売れ残りの女どもから嫉妬の一瞥を浴びるだけで老婆は満足だ。少女は、真新しいキャンバスに案内される。全身の二倍はありそうな四角い枠内には、すでに完成済みの背景。その中央部分に、ちょうど14歳の肢体が収まるだけの余白がある。木の梯子が立てかけられる。大工たちが、少女にさまざまなポーズをとらせる。「はじめが肝腎だからね」と老婆は言う。「ちょっとぐらい痛くても我慢おし。じきに慣れてくるさ」。梯子に上って、少女は至高の生モデルと化す。最終的な図案が決まると、大工たちは動きをとめる要所に、少女の掌に、足首に、華奢な鎖骨に、鉛の太い釘を打ちつける。懸命に痛みをこらえる少女は、次第に磔にされ、呻きとも喘ぎともつかない吃音を艶めかしく洩らす。







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