再読癖
黒い蝙蝠傘を差して、男が教会の庭に立っている。シルクハットにフロックコートを装い、全身は黒ずくめ、もう一方の手で本を読んでいる。羊皮紙がところどころ破れた古い書物である。陽光はまばゆく降り注ぎ、教会の尖塔の影を足元に届けている。その影に、もうひとつ別の影が近づく。同じく蝙蝠傘を差す、黒ずくめの男だ。先の男が読んでいる本のタイトルを、物欲しそうに確かめる。「まだですかね?」とあとから来た男は、降雨なのか、本なのか、どちらともなく訊ねる。「まだみたいです」と先の男、「でも、いまに鳥が降ってきますよ。本物の鳥を夢見て、成りそびれた骸が、いくつも空から落ちてきます」。言われた男はこくりと頷いて、まだ時間のかかりそうな雲行きを案じる、「それなら傘ではなく、鳥籠をお持ちなさい」。
あとから来た男はそう告げて、先の男の書物を奪う。前に、前に、物語を遡っていく。「なんてこった! もう一度、最初から読み直しだ!」。蔦の貼りついた煉瓦の壁がさっと覆われ、大きな雲の影がたちまち陽を遮るように移ろうのは、本の頁を繰る誰かの手だ。