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こんな暮らしがしたかった

3年と半年以上が経った。


多頭飼育崩壊の現場から我が家にやってきて、白い犬 むーたは、もう少なくとも春夏秋冬を3回繰り返したのか。
茹だるような暑さの日々も、しぶとく寒い日々も、心地よい風が吹くちょうどよい季節の時も、一緒だったんだ。


▼前座が長いけど「むーた」のお話です▼



居心地はどうだい?

そんなに悪くはないと思うんだけど…
飼い主は希望を込めてそう思いたい。


暑苦しい先輩犬のまるおによく絡まれるけど、むーたはどう思っているんだろう。

「むーくんは、まるちゃんの前では遠慮しているよ。ほら、まるちゃんがすぐ嫉妬して怒るから。」

そんな会話を幾度となく夫婦で繰り返していた。
まるちゃんがエラそうな態度を取るのが、ちょっと気になっていた。
控えめなむーくんが 伸び伸びできていないんじゃないかって。


今年、まるちゃんが6歳を迎えようとしていたある日のことだった。
急性膵炎になって緊急入院したまるちゃんは、数日間帰ってこなかった。

初めての事態に、むーくんは何が起こったのかがわからずに、不安な日々を送っているようだった。飼い主もそうだった。


家に帰り車から降りると、ひとり留守番していた むーくんの鳴く声が聞こえる。
「鳴いている」というより、「泣いている」と言った方がしっくりくる。
悲しい遠吠えのような、今まで聞いたこともない叫びだった。

まるちゃんがいない!
あの暑苦しいまるちゃんがいない!
ボクひとりなの寂しいよー

そうか。むーくんは我が家にやって来てから、ずっとまるちゃんと一緒だった。まるちゃんがいない留守番なんてしたことがなかったものね。


私が帰ると、「うぎゃー」みたいな声をあげて、一目散に走って飛びついてきた。まるで漫画の一コマみたいに 高速回転した脚を滑らせながら。

そして、部屋に目をやると、アルコールの香りがプンとして、今まで見たこともない光景が広がっているではないか。

え…?

ブラッシングするときに使っているコームが床に落ちている。足を拭くときに使うウエットティッシュが散乱し、トイレをまとめるときに使う袋も一面に散らばっている。

ウエットティッシュなんて、シールで閉じられた部分をどうやって剥がして開けたのかわからない。でも、とにかくウエットティッシュが全部出されて散乱していたのだ。袋は破れていないから、確かにシールを開けて器用に一枚ずつ出したのだ。
それにしても、コームもウエットティッシュも袋も、それらはちょっとジャンプすれば届く場所にあるのだけど、今まで一度だってイタズラしたことはなかったものだ。

イタズラしようと思えば 他にもモノはあるのに、どうしてこれなのかと むーくんの奇妙な行動を不思議に思い、考えを巡らせた。

……


ああ、そうか、そうなのか。
じんわりと目頭が熱くなる。

普段、私がむーくんに使うものばかりだね。

寂しかったむーくんは、繋がりのあるモノに縋って 必死に温もりを感じたかったのかもしれない。


むーくんの、こんなにも激しい感情の表出を見たのは初めてのことだった。

私たちから距離をとって飄々と過ごしている姿からは、今まで想像もできなかったけど。
心には、いつの間にか培われていたのだ。
私たち家族への深い信頼と愛情が。


まるちゃんが退院して しばらくすると、元の生活に戻った。何よりも一番大切な「いつもの暮らし」だと、みんながそう思ったに違いない。


むーくんがやってきたばかりの頃は、人間から逃げなければならないと、怯えていつも脱走を試みる姿がそこにあった。

安心していいんだよ。
この世界には、暖かいベッドと撫でてもらえる手があるのだと、あなたに知って欲しかったんだ。

ともに過ごす繰り返しの日々の積み重ね。
世界はポカポカとあったかいんだよ なんて綺麗事は言わないけれど、あなたと一緒に過ごす世界くらい。


なんて偉そうに書いているけれど、本当は違うよ。むーくんがいてくれるから、あったかいんだ。こんな暮らしがしたかったんだ。ありがとう。救われているのは私の方なんだ。


金木犀の香りがふんわりと漂う。今日も散歩をしよう。




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