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ライター入門、校正入門、ずっと入門。vol.15

「校正・校閲の仕事を専門とするプロフェッショナル集団」聚珍社の中嶋泰と、フリーライターの張江浩司が多種多様なゲストお迎えしつつ、「書くこと、読んでもらうこと」について話していくトークイベントの模様をダイジェストでお届けします。


漫画が仕事になるとは思ってなかった

張江 司会を務めます、ライターの張江です。

中嶋 このイベントを主催しています、株式会社聚珍社の中嶋です。

一色 XOXO EXTREMEの一色萌です!よろしくお願いします。前々回(vol.13:2023年5月12日)は「ラジオ」がテーマだったじゃないですか。あの後、ラジオのレギュラーがはじまったんですよ!(RADIO BERRY FM栃木「ギュウゾウと一色萌の雷ヘッドライナー」毎週日曜:24時半~25時)

中嶋 おお!すごい。

一色 「ラジオのお仕事ください」と言ってたら、本当に決まりました(笑)。このイベントで知ったことを存分に生かそうと思ってます。

張江 意外と役に立つイベントになってきました(笑)。テキストに離れたテーマも扱うようになってきましたが、今回も「漫画・イラスト」です。

中嶋 みんな子どもの頃に漫画を描いたことがあると思うんですよ。そう考えると、本格的な文章を書いたことがない人でも、漫画は経験があるんじゃないかと。

一色 クラスに漫画家を目指してる子が必ずいましたね。

中嶋 でも、それをずっと続けている人はなかなか少ないという。

張江 確かに。そこらへんも踏まえてゲストのお二人にいろいろ聞いてみましょう。ではどうぞ!

黄身子 漫画家、イラストレーターの黄身子と申します。よろしくお願いします。

タソ 普段はエッセイ漫画や広告漫画を描いたりイラスト描いたりしてます、タソです。よろしくお願いします!

中嶋 広告漫画のイメージが湧かない方もいると思うんですが、経済とか金融とかの難しい内容を漫画でわかりやすく紹介するようなものですね。「漫画でわかる〇〇」みたいな。こういった漫画はクライアントから依頼を受けて描いていると思うので、案件に合わせて絵柄やタッチなんかを自分のイメージや技量によってどんどん変えていくという意味で、声優さんにも近いのかなと思うんです。このあたりは同じ漫画家さんでも違うんじゃないかなと。

張江 ライターもジャンルによってやり方は違うし、編集者から依頼を受けている人もいれば、ゼロから企画を立ててる人もいますもんね。はっきり分かれているというよりも、グラデショーンがある。

中嶋 そういえば、一色さんと黄身子さんは以前からお知り合いなんですよね?

一色 そうなんです!出版社でバイトしていたことはこのイベントでも何度か言いましたけど、そのバイトの先輩だったんです。

黄身子 私はまだお仕事として漫画を描いてなかったですし、萌ちゃんもアイドルをはじめたくらいでしたね。

一色 数年ぶりにお会いできてうれしいです。

張江 黄身子さんが漫画を描きはじめたきっかけはなんですか?

黄身子 先程みなさんがおっしゃっていたような感じで、小さいころからなんとなく絵を描いていて、それをやめないで育ったというか。絵が本当に上手い人って10代のうちから馬鹿みたいに上手いじゃないですか。

張江 「何食ったらこんなに上手くなるんだ?」みたいな(笑)。

黄身子 打ちのめされてやめちゃう人も多いと思いますし、私も絵を仕事にできるとは思ってなかったので、ずっとダブルワークです。Twitterに自主的に描いた4コマ漫画をあげていたんですけど、本当に趣味という感じでしたね。そしたら段々見てくださる方が増えて、お仕事をいただけるようになって。Twitterにはすごく感謝してます。

張江 Twitterは絵を描く人にとって大きい存在なんですね。

黄身子 正直、私は漫画家を目指して商業誌に持ち込んだりしていても仕事にはつながっていなかったと思うんですね。続きが気になる物語を作っているわけでもなかったし、キャラクターをいっぱい作れるわけでもなかったので。TwitterとかインスタみたいなSNSには、これまでの漫画家さんとは違うタイプの漫画がいろいろ出てきてるんじゃないかなと思います。

中嶋 「100日後に死ぬワニ」(※)もTwitterで流行りましたよね。
※きくちゆうきさんによる、2019年からTwitterで展開された4コマ漫画。絵本や映画化もされた。

黄身子 SNSだと時間をコントロールして見せることができるので、例えばクリスマスの時期にはクリスマスの漫画をみなさん描きますし、逆に私はクリスマスをできない人に向けて描くことが多いんですね。時間と密接に紐づいてるところが特徴なのかなと。

張江 雑誌に載ってるストーリー漫画だとそれは難しいですよね。「スラムダンク」とか、1試合40分を1年くらいかけて描いてるわけで。

黄身子 もちろんそれはそれですごく面白いですけど、見せ方が全然違いますね。

中嶋 自分のタイミングでポンと発表できるのはいいですよね。

一色 ブログの更新は止まっちゃうけど、Twitterなら気楽に書けたりしますし。

黄身子 気楽にできるっていうのは大事かもしれないです。

中嶋 会社員と並行しながら漫画を描いていたのはどれくらいの期間だったんですか?

黄身子 けっこう長いあいだやってました。編集の仕事を辞めたのも、独立しようと思ったわけではなく、たまたま本の出版が決まってどうしても会社員やりながらだと本の作業ができなくて。5年間くらいは昼に会社へ行って、夜中に漫画を描いてTwitterにあげる生活でした。

張江 そのモチベーションを保つのが大変ですよね。

黄身子 ずっと社会人の人格でいると疲れちゃうので、漫画を描くことで一人の世界に切り替えられていたという感じですね。だから、何曜日に必ずあげるとかは決めていなくて、思いついたときに描いてました。

張江 黄身子さんはお酒を飲まれますか?

黄身子 一人で飲むの好きです。

張江 あ、そうなんですね。お酒を飲む人はそこで仕事とプライベートを切り替えちゃうから創作に向かないのかなと思ったんですけど、関係ないんですかね。

黄身子 切り替え方もいろいろありますよね。それこそ、会社を辞めることで切り替える人もいるかもしれないし。頑張り方は人それぞれなのかなって。

張江 人生相談に対する究極の答えですよね。「人による」という(笑)。

黄身子 私も何か相談されたら、ついそう答えてしまうことが多いです(笑)。

一色 タソさんが切り替える方法は何かありますか?

タソ 今0歳と4歳の子育てをしてるので、強制的に切り替わっちゃいます。平日は保育園に預けてるんですけど、お迎えの時間が決まってるので、その時間になったら漫画を描くのは終わって子どもの時間になります。

張江 タソさんが描きはじめたきっかけは何ですか?

タソ 黄身子さんと一緒で、小さいころから描いてたんですけど現実主義だったんで「漫画なんかで食っていけないでしょ」と思っていて、会社員になるために商業高校に行ったんです。でも、オタク趣味もあるのでコスプレしたり、5年間くらいアイドルをやったり、いろいろ寄り道もしつつ最終的にITベンチャーに就職したんです。その会社がすごく激務で。「仕事ばっかりで、何してるんだろう」と思いはじめて、もう一度絵を描いてみようとインスタにアップするようになったのがきっかけです。

張江 タソさんはインスタだったんですね。Twitterとはウケる漫画の違いはあるんですか?

黄身子 見せ方はけっこう違いますよね?

タソ そうですね。インスタでウケててもTwitterではウケないし、その逆もよく聞きます。

一色 最近Twitterに流れてくる漫画は、「続きはインスタで!」ってなってるのが多い気がします。Twitterはインスタへの導線になってるというか。

黄身子 Twitterは一つの投稿に4枚しか画像が載せられないですからね。私は4コマなのでTwitterが向いてるんですけど、長い話ならインスタの方が向いてるかもしれないです。10枚くらい画像を載せられるので。内容的な違いもあると思うんですけど、具体的に説明するのは難しいですね。

一色 最近はTikTokでも漫画が載ってたりしますよね。

黄身子 増えましたね。TikTokは音楽と一緒に映像で流れてくるから、展開はシンプルなものが多いかもしれないです。

張江 タソさんが最初にインスタを選んだのには理由があるんですか?

タソ 私がはじめたときにインスタで恋愛漫画やなれそめ漫画が流行っていて、好きで読んでたんです。自分が好きな漫画が多いところに自分もあげようかなと、挑戦したい気持ちになったという感じですね。

黄身子 エッセイっぽい漫画はインスタの方が強いイメージがあります。育児漫画とか、ご自身の経験を描いてるようなものとか。Twitterはフィクションが多いような気がします。

張江 インスタは職業あるある漫画も多いですよね。

黄身子 Twitterはあんまり現実的じゃないのかもしれない。

一色 地に足が着いてないんですかね(笑)。

黄身子 ぶっ飛んだストーリーの方が伸びたりしますね。インスタはファッションとか生活のこととかを情報として入れるツールだったりするので、お話もそういうものが多いのかなと思います。

中嶋 イメージなんですけど、Twitterはあまり手が込んでないシンプルな漫画が多いような。

黄身子 絵が良くなくても伸びるのはすごくTwitterっぽいですね。

バズは単なる数字にすぎない

張江 漫画をアップしはじめて、「これはいけるぞ!」と思った瞬間はありました?

黄身子 今でもそういう自信みたいなものはないですね。たくさんの人が共感してくれた日が積み重なってフォロワー数のような数字になっていると思うので、それはすごくありがたいんですけど、それと仕事になるかは全然別だと思うので。SNSで有名じゃなくても商業で描いてる人もいるし。私はたまたま本を出すということにつながったんですけど、この方法だけでやっていくのは難しいかなと思っているので、もっといろんな表現方法を勉強しなくちゃいけないと思ってます。

張江 バズることがお金に直結するわけじゃないですもんね。いいねがそのまま1円になればいいけど。

黄身子 バズったものがいいものというわけでもないですし、議論を呼ぶようなものが注目されているだけということもあるんですよね。自分が気に入っているものが伸びないこともあるので、あくまでも数字は数字というか。もちろん、当たるといろんな人が見てくれるので、それはうれしいしがんばりたいんですけど、それが成功とはあまり考えてないです。

タソ 私は逆で、いいねがいっぱいきたら嬉しくなって「これはいけるぞ!」と思ってしまいます(笑)。インスタ経由ではじめてお仕事をいただいた瞬間も「これをがんばっていけば仕事になるんじゃないか」と思いました。

張江 最初に依頼が来たのはいつごろですか?

タソ アップしはじめてから1年は経ってなかったと思います。当時はまだインスタで漫画を描いてる人が少なくて、あんまり競合の方もいなかったんです。

張江 今だと状況は違うでしょうね。

タソ 漫画を描いてる人もだいぶ増えてると思うので、今から参入するとすごく大変だと思うんですけど、逆に昔はインスタからPRの依頼をしようとする企業さんも少なかったんですよ。今は当たり前にいっぱいいらっしゃるので、年々パイは増えてると思います。ビュー数を伸ばすのは難しいけど、仕事は今の方が来やすいというか。

張江 漫画家も増えてるけどクライアントも増えてるから、お金になる確率は上がっていると。

タソ インスタでアフィリエイトもしやすくなってるので、依頼されなくても自分で収入を得られる状況が作れるというのも今の時代なのかなと思います。

黄身子 私の読者は日本の同世代が多いんです。インスタは海外に届きやすいって聞いたんですけど、どうですか?

タソ それはあるかもしれないです。イラストはその機会が広がっている感じがしますけど、漫画は台詞もありますし、どうしたら海外の人に読んでもらえるかは模索中ですね。

一色 やっぱりテキストが読めないと難しいですよね。

張江 カルチャーや歴史の背景がわかってないといけないですし。

黄身子 共有するものが少ないと面白くないですよね。

張江 「体育館の天井にバレーボールが挟まってる」みたいなあるあるは、海外だと通じないですもんね(笑)。

一色 黄身子さんの漫画は4コマで簡潔にまとまってるのもあって、イラストだけでも伝わりそうだと思います。

黄身子 ありがとうございます。

張江 黄身子さんの漫画はアイドルのみなさんの間で読まれてるんですよね?

一色 そうなんですよ!特に「ジルコニアのわたし」はアイドルが題材になってるので、発売されたころには寺嶋由芙さん(※)がインスタのストーリーに載せてたり、楽屋でも「このイラストかわいいよね」みたいな感じで話題になってました。
※vol.19『インタビューされる側のインタビュー論』ゲスト。https://note.com/zuttonyumon2nd/n/n6b19acc5b2ae

黄身子 うれしいですね。いつも一人で描いて一人でアップしている生活なので、実際に読んでる方にお会いすることもないので。

一色 アルバイトで一緒だったときもアイドルの話をした覚えがないので、どうやってこの話を描いたのか気になります。

黄身子 WEBザテレビジョンさんでの連載だったので、最初に媒体に合うテーマをいくつかいただいたんです。その中で、自分が等身大で思ったこととか、周りの女の子の話とかを元に描けそうだなと思ったのがアイドルで。女の子アイドルを見るのも好きなんですよね。恋愛のスキャンダルが起こると、みんな一面的に見ちゃうというか。報道されてる内容と実際にあったことの間にはもっとバッファーがあるはずなのに、そこを考える機会がないなと思っていたので、それができるかなと。

張江 地下アイドルグループにも取材したんですか?

黄身子 名前は出せないんですけど、経験者の方にお話は伺いました。

一色 フィクションのアイドルグループなんですけど、ギリありそうな感じなんですよ。現役のアイドルやってる子たちが堂々と「恋愛してます!」と言うことはないと思うし、オタクも見たくないと思うんですけど、フィクションの世界で楽しむ分には、絵柄も相まってかわいい世界で完結してるし面白いなと思いました。

中嶋 どこかでリアリティを担保しないと読んでられない部分もありますよね。

一色 でも、そのリアリティをリアルな絵柄で表現したらエグくなりそうだなって。

黄身子 それは前から気を付けてるところですね。

張江 地下アイドルの苦労話を「カイジ」のタッチで描いたらつらすぎて見てられないですもんね(笑)。

一色 それはちょっと読みたい(笑)。

イラストには世界をちょっと変える力がある

一色 タソさんのホームページを見ると、最初に「あなたの『伝えたい』をカタチにします」と書いてあって、それが漫画で説明してあるんですよ。めちゃくちゃわかりやすいんですよね。アイドルの特典会のやり方がわかりづらいってよく言われるので、イラストにしてほしいって思いました。でも、「私が絶対にわかりやすくします!」って宣言するのは勇気がいることだと思うんですけど、描き方で気を付けてることはありますか?

タソ 漫画を読みやすくする方法はたくさんあるんですけど、私の場合は広告の漫画を描くことが多いのでクライアントさんの先にお客さんがいらっしゃるんですよ。そのお客さんにクライアントさんの思いを伝えないといけないんですね。なので、どういうことを伝えたいのかを徹底的にヒアリングするようにしてます。

中嶋 打ち合わせが重要なんですね。

タソ 代理店さんを挟んでお仕事するときは代理店さんが聞いてきてくれるんですけど、クライアントさんと直接やり取りするときは1回のミーティングだと全然足りなくて、2〜3時間を複数回やることもあります。

張江 慣れてないクライアントだと「いい感じでお願いします」と丸投げしようとすることもあるでしょうし。いざ提出したらめちゃくちゃ修正されることもあるんじゃないですか?

タソ 自分が描いた作品の著作権の重要性を感じた出来事はありました。詳しくは言えないのですが…
それがあってから著作権って本当に大事なんだなと改めて思いました。

張江 極端な話、勝手に内容を変えられる可能性だってありますもんね。

一色 黄身子さんはそういう経験ありますか?

黄身子 勝手に変えられたことはないんですけど、たまにPR漫画やイラスト描くと商品イメージにあわせて「ここの線をもっと柔らかくしてください」みたいな指示がきたりするので、「そこを気にするのか」って驚きますね。オリジナルの漫画を描くときとは全然違うので。あと、企業とか案件によって気にするポイントは違うんですけど、例えば男子学生と女子学生が一緒に勉強をしているシーンは、男子が女子に教えているような構図は避けるように指示がきたり。

張江 マンスプレイニングっぽくなっちゃうから?

黄身子 そうですね。商品や素材によりますけど、増えてると思います。

中嶋 ジェンダーに関しては昨今すごく気を付けるようになってますよね。港区が策定したガイドライン(人権尊重と男女平等参画の視点による表現ガイドライン「ちょっと待った!その表現」)にも、例えば仕事の指示を出しているのが男性、受けるのが女性、というような表現は避けるように載っています。ジェンダー以外にも、3年前にNHKがアメリカでの暴動を報じたときに、タンクトップの黒人男性のイラストを使って問題になりました。

張江 黒人男性以外も暴動に参加しているかもしれないのに、暴動のイメージを背負わせちゃってるわけですね。

中嶋 タンクトップを着た黒人男性はたくさんいますから、全員が危ないわけないんです。でも、このイラストによって危ないイメージが植え付けられてしまう可能性があるという。

タソ ジェンダーの観点は世の中に知れ渡ってきているので、個人的にもすごく気を付けるようにしています。男の子だから青、女の子だから赤、みたいな表現はしないようにしてるんですけど、そうすることでわかりやすさが減ることもあるので、最近難しさを感じてます。

張江 イラストは記号化でもありますもんね。見た瞬間に理解できることを、特に広告だと求められると思うんですけど、多種多様な人の背景を考慮すると「典型的」なものからは遠ざかります。

一色 そうすると、文章での説明が増えるんじゃないですか?「こう描いたのはこういう背景があります」みたいな。でも、それだとイラストにする意味がなくなりますよね。

中嶋 昔の漫画家さんは髪型と服装だけで男女を描き分けてた人が結構いたんですけど、これからは難しくなりそうです。

黄身子 私は女の子を見るのも描くのも好きなので、描きたい女の子のストックはいっぱいあったんですけど、男の子に関してはほとんど描いたことがなくて。まずは自分の中に描きたい男の子を作らなくちゃいけないと思って、乙女ゲームをやりはじめたんですよ。けっこうハマったんですけど、自分が好きになるキャラクターは女の子っぽい華奢でかわいい男の子だったんですね。なので、今まで女の子を描いてきた自分の文法でも描けるのかなって。そう考えると、男女を描き分けるメソッドはいろいろあるけど、実際の人間は性別だけで体型が決まるわけじゃないですし。

張江 年齢を重ねると外見的な男女の差はほとんどなくなりますし。

黄身子 なので、「男の人だからこう描こう」ではなく性別関係なく「こういう人を描こう」みたいなイメージが大事なのかなと思ったんです。

タソ 私は親しみやすい絵柄を心がけているんですけど、親しみやすさを出そうと思うと描ける線が少なくなるんですよね。なので、ご年配の方を描くとなると、口元のシワで表現するしかなくて。本当は腰や膝がこういう風に曲がってるとか、手がゴツゴツしてるとか、記号化するにしてもいろいろあると思うんですけど、実際に間近で見ないとわからないじゃないですか。私と同世代だったり、自分の子どもの世代のことはたくさん見てきたので描きやすいんですけど、他の年代の方々を描くときは違和感があるんじゃないかと不安になります。やっぱり、よく知ってる人が描くと納得感があるなと思ったことがあるので、そこの差は大きいなと。

張江 「何を描くか」よりも、読む側がコードを理解しているかが重要なんじゃないかという気がしてきました。どんなに上手く描いても、「口元のシワ=老人」という前提がないとつたわらないですよね。前提条件を共有していることが大事、というか。

一色 歌舞伎絵とかもそうですよね。女の子の格好をした役者さんの絵は同じようなメイクと髪型だから、私たちには見分けが付きづらいけど、江戸時代の人たちは違いがわかったわけで。「これが描いてあればこの人」という。

タソ 広告漫画だと、出てくるキャラクターが事前に決まっていることも多いんですけどね。

一色 「こんなの描いたことないよ!」っていうオーダーがきたことはないですか?

タソ 「育児をするモヒカンのバンドマン」というキャラクターを頼まれたのは面白かったですね(笑)。

一色 情報量が多い(笑)。

張江 ページ数があればモヒカンをフリにすることができますけど、一目で伝えるのは難しいですね。

一色 モヒカンで育児する人を実際に見る機会はなかなかないですし。

タソ 世の中とかけ離れてる設定をいかにマッチさせるかが大変でした。

張江 この先、代理店から炎上しそうな設定がオーダーされる可能性もあると思うんです。何か問題が起こったときに、矢面に立たされるのは漫画家さんだったりしますし。

タソ 私は女性なので、特に女性のキャラクターがどう見られてるのかがすごく気になるんですね。この描き方だと「男性から下に見られるような女性像」になってしまうと思ったときは、「これだと女性から厳しい意見が出てしまうと思います」とクライアントさんに申し上げることはあります。育児系の案件をいただくときも、なるべく男性が育児している様子を描くようにしてるんです。漫画やイラストは、世の中をちょっと変えていけると思っていて。例えばママが忙しそうにしてるときにパパはテレビ見てるような家庭がまだ多いとしても、そういう描写があるコンテンツであふれていたら、それを見た人は「これが当たり前なんだ」と潜在的に植え付けられると思うんですね。それなら、未来にとって少しでもいい影響があるようなイラストを描けるように、代理店さんにも提案するように心がけてます。

張江 素晴らしいです!本当にその通りですね。私がノーベルなら賞を贈らせていただいています。

黄身子 フィクションだからこそ、現実をちょっと先取りすることができるっていうことですよね。大事な考え方だと思います。

張江 裏を返すと、無意識的でも差別構造を温存するような表現がいかに危険かという。

黄身子 「今こうなんだから、それでいいじゃん」という思考になっちゃいますから。みんなが偏った考え方をしているものに関しては、逆側を押し出すくらいでちょうどいいのかもしれません。

最後は人間が謝らなくちゃいけない

一色 聚珍社さんでも漫画やイラストの校正をすることはあるんですか?

中嶋 数は多くないですけど、アメコミもやってますし、「漫画でわかる○○」みたいな漫画実用書もやってますね。実は、黄身子さんの本の校正は弊社の向山(※)が担当したんですよ。
※本イベントシーズン1 vol.2に出演https://note.com/zuttonyumon/n/ncc2c62bd7988

黄身子 向山さんに校正していただいて、一番多かったのが左右の間違いでした。例えば、右手に持っていたスマホが、次のコマでは左手になってるとか。コマとコマの間の時間経過で持ち替えたとも言えるんですけど、漫画は見せたい部分以外の違和感を全部なくしたほうが伝わりやすいので、指摘していただいた箇所は修正しました。

張江 なるほど、そのほうが読みやすいですね。

黄身子 あと、同じ持ち物をずっと使わせることでそのキャラクターのアイデンティティを表現するっていうのが、自分なりのこだわりなんですよね。どういう人間なのか表現できるし、実在感も出せるので。ちゃんと同じものを持っているかというのもチェックしてもらえました。

一色 間違い探しみたいですね。

黄身子 そうなんですよ。文字の間違いだけじゃなくて、違和感を取り除く作業が漫画の校正なんだなって思いました。

中嶋 僕もキャラクターの髪の分け目が一コマだけ左右逆になってたので、「どちらかに揃えませんか?」と指摘したことがあります。

黄身子 髪型もキャラクターのアイデンティティになりますもんね。

張江 校正は映画の現場でいうスクリプター(記録)の役割もあるんだなと思いました。編集するときに前後のシーンがつながるように持ち物や衣装、髪型などを記録しておく仕事なんです。

中嶋 文芸の校正でも、何度も読んでつながってない箇所を見つける作業をやってると思いますよ。

黄身子 時系列の表も作りました。「この時にこのキャラクターは何歳だから、この出来事は何年前」みたいな。

一色 そこに一つの世界があるわけですから、大事ですよね。

張江 タソさんはいかがですか?

タソ 美容系の案件だと、私が描いた表現が薬機法に抵触していたことがあって、それは本当に校正していただいてよかったと思いました。

一色 「痩せます」とか「肌が白くなります」とか書いちゃいけないんですよね。

中嶋 薬機法という言葉が出た途端にみんなが反応したんで、校正リテラシーが上がっているなと実感しました(笑)。

張江 個人でもSNSで漫画が発信できるんだから、編集や校正は必要ないという意見もありますけど、気付くことが難しい細かい部分だったり、法律に触れるような部分の責任を分担できるのは大きいですよね。万が一間違いがあったときに、フリーランスのクリエイターが一人で背負わなくちゃいけないということになったら、社会的な死に直結しちゃうので。

中嶋 紙の本だったら最悪回収できるけど、Web上の拡散は止まらないですからね、デジタルタトゥー的な。

張江 AIが発達しても、まだまだ校正者は必要なんだなと。

タソ ChatGPTは責任取ってくれないですもんね。

中嶋 最終的には誰か人間が謝らなくちゃいけないんですよ(笑)。

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