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殺人捜査

 野山の自宅ポストに瀬川からの手紙が入っていた。極秘文書のコピーのようだった。下には総理大臣を含む政治家の署名が並んでいる。最後に瀬川の携帯番号が書いてあった。

【極秘】
 人口削減計画
 新型ウイルスを世界中で流行させ、ワクチンの接種を全人類に行う。ワクチンは副作用として不妊効果を含む。ワクチン接種が思うように進まない場合は、小型核ミサイルを各所に打ち込んで人口を削減する。ホログラム技術を活用し宇宙人の侵略行為とする。今後は情報管理及び情報操作を徹底すること。
 なお、計画に敵対する者はすべて排除するものとする。

 野山はすぐ携帯暗号にかけたが、誰も出なかった。

 夜中に呼び出しの電話を受けた警視庁捜査第一課の李刑事が現場に到着すると、すでに規制線が張られ、証拠保全作業が行われていた。
「被害者は推定40代の男性。頭に三発、心臓に二発の銃弾を受け、ほぼ即死と思われます。推定死亡時刻は午前二時頃。身元は現在確認中。目撃情報がないか周辺に聞き込みを行っています」と現場の警察官が李に報告した。
 李は遺体を見た。ずいぶん大柄で太っていた。身長は180センチくらいで体重は100キロくらいだろう。裸足だった。丸眼鏡は割れることなく顔にかかったままだった。傷口の様子から、小口径の銃で至近距離から撃たれたものと思われた。消音装置をつけていたら音に気づく者もいなかっただろう。プロの仕業だ、と李は直感した。そして、プロの仕業だということを隠そうともしていない。マフィアか諜報機関。被害者は何らかの理由により消されたのだ。

 翌日、捜査会議が行われた。李も出席した。
「被害者の名前は瀬川。過去にタクシー運転手を暴行して逮捕されています。その際、統合失調症として措置入院となり、その後不起訴となっています。その後は父親の経営する喫茶店で働いていたということです。現場には被害者のものと思われる携帯がありました。現在解析中です」と若い刑事が報告した。課長が口を開いた。
「手口からプロの仕業の可能性が高い。ここに秘密捜査本部を設置する。李刑事と内田刑事は被害者の関係者を当たれ」
 内田は先日捜査第一課に配属されたばかりの新米刑事だ。この件に新人を充てるということは、お蔵入りにするつもりなのだろうかと、李は思った。

「よろしくお願いします」と内田が近づいてきた。
 李は内田を見た。背は170センチくらいで女性らしい体型をしている。賢そうな二つの据わった目が油断なく輝いていた。
「よろしく」と李は言った。



    被害者の携帯に最後に残っていた番号は、野山という男性のものだった。住所は北陸の地方都市だった。李と内田は覆面車両で向かった。

「李刑事はこの事件をどう見ていますか」
「おそらくプロの仕業だろう。被害者はマフィアか諜報機関に関わっていたのかもしれない。真相に近づけば俺たちも狙われることになるかもしれない」
「わかりました。十分気をつけます」

 李は玄関のチャイムを押した。ドアが開き、野山が顔を出した。
「瀬川さんのことで伺いたいことがありまして」と李が言った。
「瀬川君に何かあったのですか」
「亡くなりました」
「そうですか。先日、瀬川君からこの手紙が届きました」そういって野山は手紙を李に渡した。李はその内容に戦慄した。瀬川は実際に殺されている。これは統合失調症患者の妄想ではないのだ。
「瀬川さんとはどういう関係ですか」
「大学の友人です」
 そのとき、李の携帯が鳴った。課長からだった。
「李か。田中厚生労働大臣が暗殺された。同じ手口だ。気をつけろ」
    田中大臣の出身大学は瀬川と同じK大学でほぼ同年代だ。田中は秘密文書を同窓の瀬川に託したのではないか。そして瀬川は万一に備えてコピーを友人の野山に送ったのではないか。情報の流出に気づいた政府が関係者を次々に消しているんだ。
    ここまで考えて李はふと内田刑事のことが気になった。
    そういえば、内田刑事は、あの若さで捜査第一課にどうやって来れるんだ。内田刑事の噂なんてこれまで一度も聞いたことがない。まさか。

 そのとき、カチッという音がして、野山が仰向けに倒れた。眉間を撃ち抜かれている。
 李はとっさに横に飛び、転がりながら素早く腰のホルスターから拳銃を取り出し、内田に向けて発砲した。が、外れた。内田は車両の陰に隠れた。
「内田、自首して警察の保護を受けろ。殺し屋は組織に使い捨てにされるだけだぞ」と李は言った。と、李は背後に殺気を感じ、振り向きざまに撃った。内田が首を手で押さえながら崩れ落ちた。真っ赤な血が勢いよく噴き出す。内田は音もなく李の背後に忍び寄っていたのだ。間違いなく訓練を受けたプロだ。
「内田、自首しろ。今ならまだやり直せる」と李は言った。
 その時、いきなり内田が発砲した。弾は李の首を貫いた。李は倒れた。血がドクドクと噴き出す。

 そのとき、黒いワンボックスカーが猛スピードで走ってきて家の前に止まった。後部座席から覆面をした男が二人降りてきた。二人とも長い消音装置のついた銃を持っている。
 一人はまっすぐ内田に近づくと、ためらうことなく内田の眉間を撃ちぬいた。プシュという音しか聞こえなかった。内田は白目をむいてガックリと倒れた。
 李は最期の力を振り絞ってその男を至近距離から撃った。男は衝撃で吹っ飛んだ。李はもう一人の男に向けても立て続けに発砲した。
 複数のパトカーのサイレン音が近づいてきた。男は、ワンボックスカーに乗り込み、急発進して消えていった。



「上からの指示でこの件の捜査は終了となった。君が野山から渡された手紙は、私の方で預からせてもらっている」
   病院のベッドに横たわる李に課長が言った。李は何とか一命を取り留め、一月近く入院していた。ようやく今日から面会が可能となり、その初日に課長が来たのだった。
 李は、内田を撃った時のことをぼんやり思い出しながら黙って聞いていた。ベッドの横のテレビからは新型ウイルスが世界中に広がっているというニュースが流れていた。そして新しく任命された厚生労働大臣が急遽開発されたワクチン接種を進めると語っていた。
「君は手紙の中身を見る前に撃たれたことにしてある。しかし、それでも狙われるかもしれない。十分気をつけろ」と課長は言い、病室から出ていった。

    数分後、病院の外でドーンという大きな爆発音がし、病院が揺れた。窓から音がした駐車場の方を見ると、課長の使っている車両がふっ飛ばされているのが分かった。もうあの手紙もない。証拠はなくなってしまった。ここまでするということは、あの計画は本当なのだろう。世界はどうなっていくのだろう。それに、おれのことも狙ってくるだろう。とりあえず隠れるか。

   数ヶ月後、李は捜査関係者を匿うために独自に用意していた地方都市のセーフハウスにいた。まさか自分が隠れることになるとは。警察は傷病休暇中という扱いになっている。ワクチンは副作用による死者が多数発生しておりもはや隠しきれなくなっていた。ということは、次に来るのは、宇宙人の仕業に見せかけた核ミサイルの着弾ということになる。とても自分の手には負えない。

 

   



   

   



 

 
 







 






 

 ・瀬川両親死亡、野山死亡、内田が野山の犯人、課長が李を助ける





 


 


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