あの日、河川敷で起きたこと
私の町には綺麗な川があった。
そして、私の家の近くには、水難事故が特に多発する場所があった。
毎年、数人の方が亡くなる。警察や消防、自治会も注意看板を立てているのだが効果はなかった。川が大きく曲がっていて大きな河原があり、車で乗り入れることができるので、家族連れや若者グループに人気の場所なのだ。
その年は、水難事故が特に多かったので、警察が大規模な啓発活動を行うことになった。警察から地元自治会に話があり、できれば啓発活動に参加してほしいということだった。父が自治会長をしていたので、私も父と一緒に参加することにした。
幼いころから、河原に消防車と救急車が来て、その周りで家族や友人たちが泣き叫ぶ様子を何回も見てきているので、私にとって、参加するのはごく自然な選択だった。
八月のお盆休みの期間に重なる日曜日の朝十時から啓発活動は行われることになった。
九時半に集合ということで、父と私は九時半前に河原に着いた。雲一つなく晴れ渡り、暑くなりそうだった。蝉の声が聞こえた。
河原には既にパトカーが六台止まっていて、大きな警察のトラックも一台止まっていた。そのトラックは特殊な作りになっていて、巨大な電光表示板を高く掲げていた。警察官は十五人以上はいた。警察官が歩いて近寄ってきて、
「おはようございます。暑い中、ご苦労様です。今日はよろしくお願いします」
と爽やかな笑顔で言った。
父は「ええ、ええ」と笑って応じた。そのあと、県庁か市役所かよくわからないが公務員らしき若い人が父に配布用のチラシを渡していた。
しばらくすると、マスコミ関係者と思われる人たちがピカピカの黒塗りの大型ハイヤーで続々と河原に乗り込んできた。屋根にタクシーのマークが掲げられていない。
それぞれのハイヤーの中から、普段このあたりでは決して見ることのない綺麗でおそらく自立した女性と大きなテレビカメラを持った男性の二人組が次々と出てきた。地元テレビの中継車も乗り入れてきた。
パトカー、黒塗りのハイヤー、テレビカメラ、中継車、河原の客層と違う人々によって、河原は事件現場のようになった。さらに消防車も乗り入れてきた。河原は若者グループや家族連れで混み始めていた。
警察とマスコミが何か打ち合わせしているようだった。しばらくすると、警察官の一人が拡声器で、
「啓発活動に参加される方はこちらに集合をお願いします」と言った。
言われるままに整列すると、警察官を含めて全部で三十人ほどになった。
その周りをマスコミが取り囲んで撮影している。巨大な電光表示板が自動で切り替わっている。遊泳きけん、川を泳いでわたるな、酒を飲んだら川に入るな、といった文言が順に出てくる。最新の電光表示はきめが細かいので非常に綺麗だ。
「では、開始に当たり、警察署長からご挨拶申し上げます」
と司会役の警察官が拡声器で言い、署長がトラックにつながった有線マイクを持って私たちの前に立った。
署長が「ええー」と第一声を発したそのとき、ちょうどそのタイミングで、署長のマイクの電源が消えた。電光表示板も消えて真っ暗になった。
「少しお待ちください」と司会が言い、その小さな行事は一時中断した。
たぶん、警察は、マスコミにいい映像を撮って放送してほしいから、電光表示板などを直してから挨拶のシーンをしたいと考えているのだろうと思った。太陽が照りつけ、暑かった。
マスコミに囲まれ、皆で静かに、誰一人私語をすることもなく、五分は待ったのだが、結局、マイクも電光表示板も直らなかった。トラックの近くで、「原因が分からない」と言っている警察官の声が皆によく聞こえた。
その後、拡声器を使って署長の挨拶は行われ、皆でチラシを配ったのだが、警察を気にしてか、ライフジャケットを着用した人しか川には入っていなかった。いつもはこうではないのだが。
啓発活動が終わり、汗だくになった父と私は家に帰った。
「あのタイミングで電光表示板が消えるのって、なんだか怖いね」と私は言った。
「この辺でも、川で子ども亡くした人が結構おるけえ、外では言えん事やけ
どな、成仏しとらんのが束になって化け物みたいになってもうてて、川に引きずりこみよるんや。そいつが電気故障させたんや」と父は言った。
「なんでそんなことわかるん」
「わし、寺の檀家の集まりでお経習って毎日寺でお勤めしとるやろ。そしたら、いろんなことがわかるようになってきたんや」
「そんなら、寺の和尚と協力して、お経で成仏させられへんの」
「和尚にはやめとけといわれとる」
「なんで」
「それすると、わしやのうてお前さんの命取られるいうんじゃ。何事もただではすまんでのう」
「なにその話」
「ただ、和尚が言うには、お前さんが誰かと結婚して籍抜けばそういう因縁もなくなるそうや。そうなったら、和尚とやろうと思うとる。わしの兄も小さいとき川で亡くなっとるし」
「化け物が戸籍なんか気にするん」
「まあええ。でもわしが死んだら生活どうするつもりや」
生活。ハイヤーから出てきた綺麗な女性たち。きっといい給料をもらって、素敵な彼氏がいて、おしゃれなホテルで高級なワインを飲んで。
「今日、汚い河原に取材に行かされたのよ。警察と田舎者が集まって水難事故の啓発だって。どうでもいいのにそんなこと。勝手に死ねばいいじゃない。警察の電光表示板は故障して暑い中五分も待たされるし。私こんな事するためにテレビ局に入ったんじゃないんですけど」
「おいおい、どうしたんだよ。ずいぶんご機嫌斜めじゃないか」
「どうした。ぼうっとして」
「えっ」
「仏門に入るっていう道もあるんやで。和尚がな、お前さんのこと見込みあるいうてくるんや。わしの世話はもういいから、一念発起せんか」
「どういうこと」
「寺で修業せえ」
こうして私は修行の道に入ることになったのです。
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