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人と関わりながらも“職人”でありたかった人の職選び

大卒で23歳にして路線バス運転士の職に就いた私。40代50代が多くを占める学歴不問の職種を、なぜ選んだのかを書いていきたい。

バス運転士は、非常に多様なお客様と関わり、同時にあらゆる動きの車がいる道路を走り抜ける。車内外へ同時に気を配りながら10mを超える車を走らせるという、実は地味に過酷な仕事である。
パッと見で楽そうだと思ってバス運転士を志して頓挫する人も少なくはないが、私はそこのあたりを重々承知の上でバス会社に入社した。実際に働いてみると大変なことは数知れずあるものの、ある程度の覚悟はしていたので、今のところは周囲の助けも借りつつ乗り越えられている。

ぶっちゃけてしまえば、私は元より路線バスの車内空間が好きなバスヲタクだった。

運転士さんの運転 × 運転士さんのアナウンス × たまたま乗り合わせた乗客

この乗算でつくられる空気が好きになった。好きになってからは多い時で年間1200本くらいのバスに乗った。

だが、実際に職として選ぶ段階ではその面はあまり大きくは関与していない。
関与していたとすれば、バス運転士の知り合いが多かったおかげで、バス運転士という職が他業種からの転職でも引け目を感じず就ける職だと知っていたことくらいだろうか。

以下、私が仕事にどんな要素を求めていったら路線バス運転士の職を選ぶに至ったのか、項目に分けて書いていく。その後、実際に働いてみてこの職を選んでよかったと思えた点も書いていく。
この項目がそのまま、この仕事の魅力だと思ってもらえば差し支えないだろう。

路線バス運転士の職を選ぶに至った要素

パソコン仕事でないこと

まず先に書いておかねばならないのが、私が前職を1年で辞めた理由についてだ。
前職は、新卒で就いた自動車エンジニアの仕事だった。所属会社への不信感等、様々な理由はあったが、2,3年続ける予定だったところを1年ですっぱり辞めたのは「電磁波過敏症」だったからだ。
初めこそ気づかなかったのだが、仕事で毎日8〜9時間ほどパソコンに向かう生活を続けていたら、うつ症状に加えて神経のピリピリ感や不整脈、アレルギー症状のような喉の痛みなどが出てきて気づいた。

大卒の学歴が求められる仕事を選ぶとなれば、大概はパソコンを使用するものばかりだ。
パソコンも多少触るくらいなら問題ないが、パソコン作業が主ではない仕事を探すのは必須要件だった。

職人として技術を極め続けられること

前職のエンジニアの仕事を通して、自分の適正でわかったことがある。極めるのが好きということだ。
前職ではパソコン上で専用のツールを用い、視覚化された演算ブロックを並べて配線を繋ぎ、車に搭載したい制御が狙い通りに行われるかを検証するための制御モデルを作成していた。私はそのモデルをいかに早く、綺麗にブロックを並べて作成出来るかというところを極めるのが好きだった。
仕事の効率をいかにして上げるかを考えるのも楽しかったので、(残業をしてでも終わらせるべき急ぎの案件がない限りは)定時退社命と言わんばかりで仕事の効率化を図っていった。
これは職人気質だったと思う。

なんなら学生時代のスーパーでの早朝品出しアルバイトでも、パンの棚の品出しをいかに早く効率よく行うかを考えて仕事するのが楽しかった。1年間だけのアルバイトだったが、気づけば2人でこなすべき入荷量がある日でも1人で時間内に終わらせられる程になっていた。

毎日が同じ作業の繰り返しのようにみえる仕事で極めていける力は、現在、毎日バスを走らせる中で、いかに滑らかな挙動で素早く運行できるかを飽きもせず考え続けるところに生かされている。
同じ作業の繰り返しでも、突き詰めれば試行錯誤に終わりなどない。バス運転士の仕事もまさに職人の世界である。

人と直接関われる仕事であること

人と関わるのが苦手だと感じていた私は、特定の人としか関わらなくて良い職として新卒でエンジニアの道を選んだ。
しかし1年働いてみて気づいたのは、案外人との関わりが好きだということ。1日中パソコンと向き合い挨拶程度の会話しか交わさずに仕事が終わる日もざらな仕事は、意外にも心を荒ませた。逆に会議や打ち合わせ等がある日は心なしか生き生きとしていた。

それでもやはり不特定多数の人と仕事で密にコミュニケーションを取ることには苦手意識を感じたので、ある程度の距離を置きながらも人と接することの出来る仕事が出来ると良いと思った。

この点、バス運転士は絶妙に良いのである。
公共交通機関なので、タクシーのように個々の人と向き合い雑談をすることは求められず、あらかた自分で話す内容のマニュアルを決めてしまえば対応できる。しかし鉄道のように大きな乗り物ではなくワンマンであるため、お客様ひとりひとりと一瞬でも関われる。

性別によって仕事が分けられていないこと

新卒での就活の時から、揺るがず必須要件としている職選びの条件がこれだ。

例えば、男性が営業で女性が事務だとか、そこまでのことはなくともお茶出しは女性がするだとか、そういう企業への就職は私にとって皆目ありえないことである。

私がトランスジェンダーだから。といっても身体と逆の性を自認している訳ではなく“自分は自分”だと思っていつつ、社会的にはどちらかを選べと言われたら身体と逆の性で生きていたい、という人間だからだ。

身体とまるっきり逆の性を自認していて性別移行をするのであれば、性別によって分かれている仕事をするとしても自認に合わせて仕事が出来たら良しとしたのかもしれない。
でも自分は性別によって仕事がわけられること自体が苦痛だ。そして自分の仕事が身体の性によって振り分けられることも大変に苦痛だ。

性別によって仕事が分けられることなく、ただシンプルに成果に応じて評価される。そういう仕事でなければ続かないのは初めから明白であった。
だからそういう仕事しかしてきていない。

路線バス運転士を選んでよかったと後から感じることになった要素

ここまでは路線バス運転士を選ぶに至った要素を書き連ねてきた。
簡単にまとめれば、パソコン仕事でなく、職人でありながら人との関わりも持てて、性別によって内容や評価が左右されない仕事を探した結果、この職に行きついたというわけだ。

ここからは、実際に仕事をしてみてから感じた、路線バス運転士を選んで良かったと思う要素を書いていく。

確実に法に則って出来る仕事であること

路線バスは道路交通法に則って走らせることが出来る。

と言うと、道交法なんて守るのはどの車でも当然だと思われるかもしれない。
そう、当然ではある。あるのだが、実際はタクシーならお客様のためであれば交差点のすぐ近くやバスが頻繁に発着するバス停でお客様の乗降を行うだとか、トラックなら配送のために駐車禁止場所に駐車するとか、そういうこともある。
仕事のためにはやむなしな場面も少なくなく、そうとわかる場面は警察も見なかったことにしてくれがちだ。でもルールはきっちり守りたい派の自分にはストレスが溜まる仕事だろう。

その点、バスは道交法に守られている。
バス停前後10m以内はバス以外の車の駐停車が禁止されているし、バス停を発車する時は他車に進路を譲ってもらって発車できる。(実際は他車に守ってもらえないことも多いルールでもあるので苦労はする。)
法を破ることなく仕事が出来るのは、私にとっては仕事上でのストレス軽減に役立つ。

運送業だけど荷物の積み下ろしが不要であること

バス運転士の仕事を始めてから、大先輩方から同じ運送業であるトラック運転手との違いを聞くことが何度かあった。
「トラックと違って、バスは“荷物”が自分で乗り降りしてくれるから楽だ。でも“荷物”が喋るから大変だ」と。
(“荷物”というのは運送業として何を輸送するかという観点の話をするがために出てくる言い回しなので、間違っても乗客のことをモノ扱いしているのではない。どうかこれを読んでも気を悪くしないでいただきたい。)

大型車のドライバーとして働く時、トラックとバスとどちらを仕事道具にするのが良いのか。
荷物の積み下ろしをする力はあるが人と接するのが億劫であれば、トラックの方が向くのだと思う。逆に荷物の積み下ろしは負担だが人と接するのが苦痛でなければ、バスが向くと思う。

自分の場合は無論、先に書いた通り、人と接する仕事がしたかった。ついでに体力は無いので、この点においてもバス運転士は向いていた。

案外運転が好きだった

要素を上げる最後の項目になるが、なんと言っても運転が好きな人はバス運転士の仕事に向く。

元よりバスの車内の空気感が好きだった私は、どちらかといえば乗客との程よい距離感での接客に憧れてバス運転士になった節がある。
しかしいざ仕事をしてみると、バスの運転が好きになっていった。

元々、両親が運転が上手で、母方の祖父はダンプカーやタクシードライバーなどの運転をして生計を立ててきた人だったから、運転が上手くなりたい欲求はあった。
というか、もはや「運転が上手くなきゃこの家系の子じゃないのではないか」という思いからの執念みたいなのがあった。

普通車の運転も危うい状況からのスタートだったが、今やバスの車両ごとにどのような運転をしたらスマートに走れるかを考えながら仕事をし続けるのが楽しい。
運行中は常に手足の感覚を研ぎ澄ませ、一挙手一投足に気を払いながらトライアンドエラーを繰り返している。

なんと言っても、大型車の運転席からの景色は見晴らしが良い。一度その景色を知ってしまうと病みつきになってしまう人も少なくないのではないだろうか。

まとめ 〜路線バス運転士の魅力〜

長くなったので最後にまとめよう。

私の思う路線バス運転士の魅力は、人と程よい距離感で関われて、かつ職人技が求められる仕事であることだ。

人が好き
バスが好き
運転が好き

このどれかに当てはまる人なら、続けられる仕事ではないかと思う。
幸か不幸か自分には全部あてはまってしまった。今のところなかなか辞めそうにない。

冒頭で書いたようなリスクを負う割には、現在は給料も休みも少ない仕事だ。やりがい搾取をされる仕事のひとつでもある。
だが、自分に手が届くどんな仕事を選んでもどのみち薄給であるならば、それなりに搾取されてでもやりがいを感じられる仕事に就くのが幸せではないだろうか。

自分にとってのそれはバス運転士だった。
それだけのことである。


#この仕事を選んだわけ


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