ブックオフ回顧録#1 「1997年春」

僕はアルバイトを探して自転車で走っていた。

親の敷いたレールから外れることもできず、精一杯の抵抗として僕がやったのは駅の手前で止まることくらいだった。

止まったは良いもののどこに向かうべきか分からなかった僕は、停車したところから少しずつ駅に向かいながら別の道を探すことにした。しかし、親の敷いたレールの上に未だギリギリ止まっているとはいえ、そのまま親にお金を出させるのは申し訳なさすぎて、僕はアルバイトをして予備校に通うお金を稼ぐことにしたのだ。

アルバイトはこれが初めてではなかった。高校時代によくある年始の郵便局の配達をやったり、伊勢丹の配送センターで仕分けの仕事を経験したりしていた。どこで働こうか、どんな仕事をしようか、かなり迷ったが、僕には目星をつけている仕事があった。それは高校時代、自転車で通学していた通学路の途中。それまで営業していた「よむよむ」という書店が閉店して新しくオープンした古書店だった。

僕は書店に通うのが好きだった。暑い夏休みの最中、エアコンのない部屋から逃げ出して、涼をとるために書店で時間を潰したりしていた。そして古書店巡りも。限られた小遣いや稼ぎを使って、なるべく多くの本を購入したいと思っていたし、新刊書店ではもう取り扱っていない本を古書店を巡って見つけるのが好きだった。普段の活動範囲の中にある古書店はもちろん、親の運転する車で出かけた時などに古書店を見つけると、場所を覚えておいて、後日自転車で訪問したりするのだ。

当時の古書店というのは、誰でも気軽に利用できるような雰囲気ではあまりなく、入った瞬間に居心地の悪さを感じる店も多かった。お店は狭くて薄暗く、立ち読みを防止するためか一点一点丁寧に袋詰めされた商品は埃をかぶっている。狭いので本棚の上、天井ギリギリまで商品が積み上げられて、店のメイン通路にはエロ本が平積みされている。奥にあるカウンターには店主が鎮座し、万引きを警戒してか鋭い眼光を客に向けていた。流石にもうちょっとポップなお店もあったが、大体はこんな感じだ。

なぜそんなところを平然と利用できていたかというと、おそらくそれはゲームの中古ショップを小学生時代から頻繁に利用していたからだろう。或いはもう少し遡ると、実は幼稚園時代にすでにリサイクルショップで売ったり買ったりを僕は経験していたのだ。当時は本当に法律などもゆるゆる(法律がゆるいというよりは、中古業界のコンプライアンスがゆるい)で、幼稚園児だった僕でも読み終わったキン肉マンを売って、読んだことのないキン肉マンを買うことができたのだ。

そして、そんな僕が毎日通る通学路に、その新しい古書店はオープンしたのだ。ブックオフである。当時まだ全国で100店舗くらいの時代。オープン日に行って初めて経験したブックオフは何もかもが新鮮で驚きの連続だった。広くて明るい店内。包装されずに陳列されている綺麗な商品(僕が通っていた古書店では表紙が破れていても普通だった)。立ち読み歓迎のポップ。100円で買えるコーナーの存在。僕がそれまで通っていた古書店とは全く異なるお店がそこにあった。

とはいえ、足繁く通い続けたかというとそういうわけでも無かった。今まで通っていた古書店にもまだまだ魅力があったし、ブックオフもオープンから少し経ってから訪問した時には、明らかに棚にある商品の質や品揃えが落ちたりしていたからだ。

さて、アルバイト探しの話に戻ろう。中学校二年生の時、将来の夢(就きたい職業)を書かされる時間というのがあった。その頃すでに親が敷いたレールに嫌気がさしていたのもあって、僕は将来のことについて聞かれると本当に陰鬱な気分になった。夢も希望もないというやつだ。しかし、そのような問いかけが先生からあった時、何も書かないで提出するわけにはいかない。そんな中で絞り出したのが『書店員』という職業だった。

かなり苦し紛れの回答だったとは思う。他に馴染みのある職業が思い当たらなかっただけかもしれない。あまり世の中の仕事、職業というものに興味がなく、サラリーマンと言われる人たちが、机に向かってどんな仕事をしているのかわからない。釣りバカ日誌の浜ちゃんやスーさんは一体何の仕事をしているのか?しかし身近だったりTVで見かけるような職業ならば少しわかる。教師とか、芸能人とか、スポーツ選手とか、獣医とか、お店の店員さんとか。そんな中で馴染みのある本屋の店員という職業を選択したのだろう。

そんなことが頭を掠めたかといえばそんなことはなかったかもしれないが、潜在意識の中に「書店員になりたい」と書いたあの時の気持ちが霞くらいの状態になって残っていたのかもしれない。普段利用していた時になんとなく店頭に『アルバイト募集』の貼り紙が貼ってあったのも気にしていた。今、お店に行った時、貼り紙があったら応募してみよう。そんな気持ちになっていた。

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