残照
私が勤める喫茶店に、毎日来るおじいさんがいる。彼は、電動車いすを颯爽と操ってやってくる。真っ白なヒゲを生やしていて、背中は曲がっている。鶴のように痩せていて、古ぼけた洋服を着ているが、きちんと洗濯されていて清潔だった。店内でかかっているのは、クラシック音楽だが、おじいさんは
「ぼくは、ロックが好きなんだ。
ローリングストーンズ、かけてくれないかな。」
と言って、ニッと笑うことがあった。
毎日来て、注文するものも決まっているのだが、おじいさんは必ずメニューに目を通す。そして、毎回、初めて注文するかのように
「アイスクリーム一つ。」
と言った。
ウエハースとサクランボと生クリームに彩られたアイスクリーム。
ある日を境に、おじいさんは、ぱったり来なくなった。
客商売にはよくあること。去る者は追わず・・・・。
その何か月か後に、店の電話が鳴った。電話は緩和ケア病棟の医師からだった。おじいさんは、余命いくばくもないのだが、今日は体調もよく店に行きたがっているという。
数時間後、おじいさんは、電動車いすではなく、病院のバンに乗って現れた。(なるべくいつも通りに) と聞いていたので、いつも通りにした。
おじいさんは、メニューを見て
「アイスクリーム一つ。」と言った後、少しためらいながら・・・
「あ、すみません。アイスクリームだけってできますか?」
「かしこまりました。」
「ありがとう。」
ウエハースとサクランボと生クリームなしのアイスクリームを、おじいさんはおいしそうに口に入れた。
いつも通りではないことが、もう一つ。
店内にローリングストーンズのジャンピングジャックフラッシュが流れた。
おじいさんは、親指を上に向けて、ニッと笑った。