華やかなりし「贔屓が居た宙組」の日々③
宝塚歌劇団と言う場所はいつか終わりが来る。
夢から醒める日が来る。
夢中になって贔屓を応援している時は考えたくないし、少しは考えながらもこの幸せがいつまでも続くとばかり思っている。いつまでも舞台の上に居るし、いつでも会えるんだって思ってしまう。
楽しかった日々に終わりが告げられた。
普通、退団する本人の中で鐘が鳴ると言うが、私の場合は私の中で退団の鐘が鳴ると言う不思議な体験をした。虫の知らせなのか何なのか。その公演の初日、幕が開いた冒頭一番に贔屓の出番があり、最初のセリフを聞いて「贔屓は男役として充分楽しみ尽くしたのかな」と思えた。
とにかく楽しそうだった贔屓。この作品のあらゆる登場場面が楽しそうで、この作品に男役として出演している事が幸せそうに見えた。短い中で贔屓と言えばのおじさま役の限りを尽くし、珍しく若い学生の役!?も楽しそうで。どの場面の贔屓も男役として最高にかっこよかった。極めつけはフィナーレナンバーの黒燕尾。ご本人にとって宝塚でやりたい事はやり尽くせたのかなとも思ったし、私にとっても男役として見たいもののオンパレードだった。途中で中止になったとは言え数回でも生の舞台に立てた。作品を世に送り出した。私はあの幻の数回を見られたからそう言えるのかもしれないけど、あの作品を見てから「もし次が退団だったとしても贔屓のファンになってからの時間に一片の後悔は無いと言い切れる」そんな風に思った。
なので、退団発表の日は不思議と落ち着いていた。
この日は夜勤だった。普段はギリギリまで仮眠しているが集合日なので仮眠どころじゃなかった。一片の悔いは無いとか言いつつもやっぱり気のせいであって欲しかった。どうか私の思い過ごしでありますようにと願っている自分もいたし、そうなったらそうなったで覚悟を決めよ!と腹を括ろうとする自分も居た。
退団者の中に贔屓の名前が入っているのを見て「やっぱり来たか~~」と笑ってしまった。笑ったのは、今思うと公式サイトに贔屓の名前が上がっている事を確認したタイミングで出勤しなければいけない時間だったからだ。とにかく泣いたり感傷に浸ったりする時間は無かった。笑って気持ちを誤魔化しながら家を出た。涼しい顔でいつも通りに仕事して合間に来るファン仲間たちからのLINEを眺めていたらあっと言う間に日付が変わった。
この日に限ってみんな空気を読んでくれたかのように静まり返っていた。
静まり返った暗い廊下を歩きながら、あんなにも楽しく濃密な日々があった。贔屓に出会ってからの華やかなりし日々に終わりが来る。終わってしまうんだなって思ったら急に泣けてきた。
宙組ファンである事はきっと変わらない。
だけど、贔屓はもう居ない。キャスティングが発表されたら、まず「どんなおじさんだろうか」から始まる事も「悪役だろうか」「髭は生えているのだろうか」とワクワクする事もない。大劇場初日の独特の空気感を感じる事も無い。大劇場のロビーの壁に写真が飾られる事もない。どんなスチールだろうか?とドキドキしながらキャトルレーヴのサイトにアクセスする事もない。パンフレットを買い一番に贔屓のページを開く事もない。もうこれから全ツか別箱かの振り分けを待たなくてもいい。うちはバウだろうか?全ツだろうか?なんて事を予想し合う事も無い。いつも数か月先のスケジュールを気にしながら、有給の残りの回数とシフトの根回しに気を揉む事もない。
もう宝塚大劇場に行っても会えない。
東京宝塚劇場に行っても居ない。
観劇の都度、毎回あれも伝えたいこれも言いたいとお手紙を書く事も無い。
もう宙組を見ても贔屓は宙組にいない。
宙組はあるのに贔屓は居ない。
新しく出会った人に「贔屓のファンです~」って自己紹介する事も紹介される事もないんだな。今は宙組を全体的に見ている組ファンです~とでも言うのかな。何よりも「贔屓のファン」としてご一緒させてもらった人達とはもう会えないだろうな。そりゃこれからも観劇はされるだろうしバッタリ劇場で会う事もあるだろうしこれからもご縁が続く人もいるだろう。だけど次も皆が皆同じ贔屓のファンになる事はない。贔屓が居なくなるのだから「みんな見てるよ~」の目線の先に自分が居る事も無いし「ここにいるぜ!」と思える場所も無くなるのだ。せっかくこうやって出会えたのに寂しいなと思う。
だけど、悲しいと思ったのは泣いたのはあの日の夜だけで、最後まで楽しく過ごす!と強く誓った。コロナ禍の中で自分が出来る事や対策を充分に考えながら最後まで楽しく過ごしたい。一度退団と告げたら覆らない。贔屓にだって一人の女性としての人生があるもんね、考えて下した決断だもん。
ならばこちらも全力で楽しまなくちゃ!とにかく楽しもう。全力で楽しみ尽くしたい。もうこれ以上ないって位に楽しみたい。どうせならお祭りみたいに賑やかに送り出してあげた方がいい。
何を一番大事にしているか?何を最後にしたいか?自問自答した結果「1回でも多く自分の目で舞台に立つ姿を焼き付ける事」だった。2021年9月26日が終わった時に心の底から「楽しかった~!」と言いたかったし、10年後だってあの時は無茶したけど楽しかったなと言いたかった。
何よりも心から贔屓のファンで良かったと言いたかった。