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【ネタバレあり】南無阿弥陀仏を感じる映画でした


「U」の世界は、本当の自分の魂がある世界、あの世の世界だと感じました。

鈴は、この世で本当の姿を隠している弱い自分を受け入れることができずにいた。

「U」の世界に入り、隠している「人前で堂々と歌える自分」と出会い、「U」には本当の自分の魂があることを知ります。

しかし、この世で依然として、本当の自分を隠して、迷いだらけの生活を送っています。

そして、虐待されている男の子と出会い、自分だけがその男の子を歌で救えることを否応なしに求められていきます。

それには「U」の世界に現実の迷いが多く、弱い自分を晒さないといけない。

現実の弱い自分のまま「U」に行って、歌える確信はない。歌えなかったら、これまでのファンを失望させ、自分の存在意義を失うかもしれない。

けれど、鈴は「U」にある本当の自分のあの世の世界に晒し、飛び込むことで、本当の自分と出会い直し、また現実世界を変えていきます。

よく臨死体験をし、あの世の世界を垣間見た人はそれまでの生き方がすっかり変わり、そこから飛躍する人が多いことを聞いたことがないだろうか。

臨死体験をした人は、「死んでもおかしくない命だったのに、助かった。これからの人生は生かされた命なので、人のために使いたい」ということをよく聞く。

この世は肉体を持っているがゆえに、自分を守ろうとする自我が誰にもある。
その自我から離れられる人はいない。

しかし、この世の肉体を超えて、あの世の事を体験し、本当の自分の魂と出会った人は強い。

本当の自分の魂で生きる喜びが自我より優っているのだろう。

これは、あの世の世界を信じて、あの世に行きたいと願う「南無阿弥陀仏」に通じる。

臨死体験は、誰でもできるものではないが、近しい人の死を弔うことを通して、あの世のことを学び、垣間見ることはできる。  

また、主人公の鈴は、幼い時に亡くなった母親の死の話に沿って物語が進み、劇中歌の「歌よ導いて」の通り導かれ、成長していく。

「U」の世界には三日月が出ていた。
この三日月は、これから新月になろうとしている下弦の月だったので、新しく生まれ変わる前の場所を象徴していたのではないと思いました。

主人公の鈴は、虐待されている男の子を救うために自分の母と同じように自分を顧みずに「U」の世界に飛び込んだ時に、鈴が幼い時に亡くした母親の記憶が蘇り、今まで受け入れることができなかった母の死を理解することになる。
「U」で母とも出会い直したように思う。

またこの劇中歌の一節の

「歌よ導いて どんなことが起きてもいい」

という歌詞は、

阿弥陀如来が全て救ってくれるので、阿弥陀如来様に全ておかまかせ致しますという意味の
「南無」…委ねます。一心に帰依します。

「南無阿弥陀仏」を感じる。

私も3年前に亡くなって弟が死の数時間前に聞いていたオアシスの
「Dont look back in anger」という曲があります。

この曲には弟からのメッセージのように思える歌詞があり、今でも弟は導いて力になってくれているのだと思っています。

他にも、亡くなった故人によって、導かれていることを感じざるを得ない出来事が節目節目であるので、改めて感謝したい。


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