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開業して1年が経ちました。【運命の出会いと”努力”】

ども、ずいです。

2023年8月1日に開業してから1年が経ちました。

中2くらいから1年が早く感じ始めてましたが、この1年はものすごく早かったという印象ですね。

昨年のこの時期は、持病のアトピーが重症化して人生で初めて病んだ感じになってましたが、いろんな方の支えもあり、開業した次第です。

最初は、広告代理店として開業し、様々な広告やポスター、チラシなんかを制作してました。

そこから、趣味で運営してたブログの経験を活かして、Web制作も始め、今では、広告運用、資料作成、SNS運用、Webコンサルティングなど多岐にわたるWeb施策の包括支援を企業様に提供させていただけるほどになりました。

それまでになったのも、”ある方”との出会いが大きなきっかけです。

少し過去の話をします。

全く”努力”しなかった時代

僕は、昔は本当にどうしようもないほどの人間でした。

嫌なことから徹底的に逃げ続ける”努力反対人間”でした。

学校の宿題はやらず、授業もノート取らないし、そもそも話聞いてないし、なんか別のことしてるしみたいな。

「学校の宿題をしない」

っていうと、よく「夏休みの宿題を全然せず、最終日になって地獄を見る」みたいな話をよく聞きますが、そんなの論外です。

僕は、もう宿題を配られた時から”絶対にやらない”を決め、最後までやらずに始業式を迎える。

そんな人間でした。

宿題や課題を提出したのは何回あるんだろう。ってくらい。

ある意味ここまで、努力せずに大学進学まで行けたことが幸運とも言えますね。

大学受験も"努力"せず

大学受験も、全く努力せず受かってます。

これは、僕が通ってた高校が特殊すぎて、大学受験するほぼ全員が何かしらの”推薦”を使って受験する高校だったんです。

僕が入学した北九州市立大学は、面接がなく、小論文のみで受験できることから2年の時に担任の先生に勧められ、「あ、じゃそこで。」みたいな感じで決めました。

と、いうか僕の評定で受けられるところがそこしかなかった…。

受験する高校の生徒全員が”推薦”を使うので「小論文講座」と言うものが2年の3月から始まります。

90分くらい、小論文に使うであろうトピックスを解説する講義を受けて、その後、課題が出されるのでそれをやって提出。

これが、毎日続く感じです。

僕は、夏休みの途中までは、ちゃんと出席して課題も出してたんですが、途中でめんどくさくなりサボるように。

1日1個、色んな大学の過去問から1つ課題として出されて、先生に合格をもらうまで添削を書き直しを続けるという悪魔のルーティーン。

「馬鹿は学力で戦っても仕方ないんだから、量と回数でなんとかするぞ!」

って感じなんでしょうね。

合わせると200題近くの課題があったんじゃないでしょうか。

僕は、これに納得がいかなくてですね。

小論文講座に関する愚痴(余談)

大学受験における「小論文」ってほぼ運ゲーだと思ってました。
(今も思ってますけど。)

だって、決まった「正解」がないんですから。

「添削」も「採点」もその人の主観でしかなく、採点官の国語力と読解力に依存します。

もちろん、書き方とか基礎的な知識は必要だと思います。

だから、序盤はちゃんと受けてましたし、真面目に課題にも取り組んで添削も受けてました。

それもそのはず、僕の多くの友達は口を揃えてこんな愚痴を毎日こぼしてました。

「A先生に『ここをこうしろ』って添削されて、その通りにしたらB先生に『ここなんでこうしたん?やり直し』って言われた。意味わかんねー」

そうなんです。

添削といっても毎回同じ先生が担当するわけではなく、ランダムで決まります。

👇イメージはこんな感じです。

僕は生まれつき記憶力が皆無なのと、途中からサボってたので、若干間違ってるかもしれませんが、こんな感じの部屋(大会議室)で添削を行います。

赤い点線で囲われてる灰色の椅子で、添削を受ける生徒が待つ形になります。

黄色と薄紫の机で添削する先生と添削を受ける生徒が横に座って、添削します。

添削が終わったら生徒はその場を離れて、5階の自習室で書き直しをします。

青い線より上の椅子で待つ生徒は、黄色の机、下の椅子の待つ生徒は、薄紫の机で添削を受けます。

なので、椅子に座った時点で1/4の確率で添削する先生が変わります。上半分と下半分の椅子は好きな方に座れるわけでもなく、座っている生徒が少ない方に座らないといけないので、課題を終えて自習室を出た時は1/8の確立となります。

これから分かるように、前回添削を受けた先生と同じ先生に次も添削してもらえる確率は低いです。

なので、あのような愚痴が絶えませんでした。

僕は「愚痴るくらいならやらなきゃいいのに」っていうタイプだったので、その言葉の通り全く課題をしませんでした。

現にサボり続けた僕は、受かってますしね。

噂に聞くと、毎日真面目に小論文講座にも課題にも取り組んでた子は第一志望も第二志望も落ちてしまったとか。

現実ってそんなもんなんですよね。

学力での受験だったら間違いなく僕が落ちて、その子は受かってたでしょうね。

でも、所詮「小論文」ですから。出題のテーマにもよりますしね。

大学入学後は”自堕落な生活”

大学入学後は、相変わらず自堕落な生活になります。

兵庫からはるばる北九州まできて、人生初の一人暮らしなので、生活習慣がクソみたいになってました。

大学では変わるかなと思ってたものの、どうやら「学業」はダメみたいです。「意味ある?」って思っちゃうんですよね。

あと、アトピーの重症化で病んでたので、ほんとに終わってました。

まぁ、そんなクソみたいな生活から抜け出すためにも、開業届を小倉税務署に提出しました。(e-taxで電子申告ですが。)

過去の話が長すぎましたが、ここからが振り返りです。

脱線しすぎました。

大学に行かずに、仕事(趣味)に熱中

高校の頃からアフィリエイトを細々とやってたので、そこから学んだ広告制作やWeb制作をクラウドソーシングで始めたのがキッカケです。

また、大学サークルのHPも作ってたので、サークル活動で名刺交換した方からちょくちょく依頼が来るようにもなりました。

といっても、ほぼ修行期間中でびっくりするほどの低価格で仕事してました。

それはそうと、奨学金が毎月振り込まれていたので、働かずとも余裕で生活はできてました。

そんなこんなでダラダラとしていると、”ある方”に出会います。
(厳密には少し前にお会いしてたのですが)

その方はいままでの僕と真反対の人間で、”努力至上主義”と言いますかとても熱い方でした。

「努力」することを本気で楽しんでるような。

行動力は鬼ほどあるし、有言実行で言ったことは絶対に成し遂げる。

めっちゃカッコいい人です。

なんたって、「努力を続けること」の大切さを”彼の実績”が物語ってるんですよね。

いつかは”努力”しないといけない時が来るってのは薄々気づいてたってのもありますが、19年間”努力大反対人間”の僕はぐうの音も出ない始末。

ここから”努力”を信じるようになり始めます。

そうしていると、大学から連絡が。

大学でも、必修科目の授業をサボってると呼び出されるんですね。

知らなかった。

そんなこんなで三者面談(自分、教授、職員)することに。

面談でアトピーの悪化や仕事のことを話していく中で、”休学”することを決めます。

休学し本格的に仕事に集中

昨年の8月に開業といっても、本格的にがっつり動き出したのは昨年の12月ごろからです。

クラウドワークスで、数々の裏切りやトラブルに遭い、ネットではなく対面で仕事がしたい!と思い北九州市のイベントや交流会に出席するようになりました。

北九州市での”繋がり”を求めて

最初は、12月にATOMica北九州で行われた超MEET@に参加し、今年の2月にはThe Partyz、3月からはNPO法人BeWithが主催すり縁日食堂、北九州市100人カイギなどなど色んな異業種交流会に参加しました。

その"繋がり"で6月にはあの「マネーの虎」で有名な南原社長ともお会いすることができました!

屋号変更と事業拡大

6月20日に事業拡大を機に、屋号を「北九州デジタルクリエイション」に変更しました。

今までは、広告制作やWeb制作、SNS投稿の制作、資料作成など「デザイン制作」が主だったのですが、広告運用やHP運用、SNS運用、Webコンサルティングも始めました。

半年以上、繋がりを作ってきたので、最近はSNSからの問い合わせも増えています。

しかし、このままでは営業力が全く身につかないので営業も開始。
(最近は暑くて営業できてませんが。)

個人のインスタ運用も開始

本格的に個人のインスタ運用も始めました。

今まで培ってきたデザイン術を発信するインスタアカウントです。

このアカウントについては、毎日進捗をnoteに書いてるので、良ければ読んでいただけると飛んで喜びます。

毎日投稿で、最終目標は1万人越え。目先の目標は1,000人です!

👇僕のインスタ投稿はこちら!

ところで"ある方"って誰?

ここまでのノロマを"努力至上主義"に変えた"ある方"って誰?って思う方も多いと思います。

僕のことを知ってくださってる方は、全員「この人だ!」って答えられるくらい話しまくってます。

なので、あえてここでは名前は出さないでおこうと思います。

誰なのか知りたい方はこちらから確認できます。

ちなみに、僕が北九州市に永住することを決めたきっかけもこの"ある方"の影響です。

そのくらい、北九州市愛の強い方です。この前、市長とコラボしてましたしね。

改めて1年を振り返って

改めて、この1年を振り返るとすごく時間を無駄にした1年だったなと思います。

あまり、良い1年だったと思えないというのが本音です。

だからこそ、1年後のnoteでは、「めっちゃ頑張ったし、こんなに実績もできた!」って自慢しまくれるくらい"努力"を楽しみながら続けていこうと思ってます。

こんな僕ですが、引き続きご支援賜わりますよう宜しくお願いいたします。


北九州デジタルクリエイション
代 表  木村 裕汰


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