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作文の添削を頼まれたのでしてみた。

 先日、DMで作文の添削を依頼された。こんなことは人生でも初めてのことなので、noteを書きはじめて良かったなと思っている。

 送られてきた文章はこちら。

〇〇高校を良くするために私は〇〇高校の生徒の身だしなみを整えていきたいと思います。〇〇高校の第一印象は生徒の第一印象で決まると思います。第一印象の55%は身だしなみで決まるといわれています。〇〇高校生の身だしなみを整えることで〇〇高校の第一印象も良くなります。そのためには、風紀委員を中心として風紀検査を行います。

 なるほど、依頼者は高校生らしい。何故私なんかに添削を頼んだろうと思いながら、見ず知らずの他人にいきなり添削を依頼するという若者のガッツの素晴らしさに胸を打たれた。
 こんな勇気があれば、これからの人生なんだって出来るし、何にだってなれるよなんて思う。

 私が添削した文章はこちら。

 私は、〇〇高校の印象を良くするために、まずは生徒の身だしなみを整えるべきだと考えています。
 何故なら、人の第一印象の55%は、身だしなみで決まるといわれているからです。風紀委員を中心とし、定期的に風紀検査を行うことで、印象は確実に良くなることでしょう。
 印象が良くなることで、高校自体の評価も良くなるのではないでしょうか。皆で協力し合って、〇〇高校を良くしていきたいです。

 いかがだろうか。自信はいまいち無いが、自分なりに書かせて頂いた。

 添削ということなので、変えた意味がわからなければ依頼者のためにならないと思って、画像でも說明してみた。

画像1

 字が汚くて申し訳ない

 ここで使っているアプリは『縦式』というアプリだ。原稿用紙半文程度のものを書きたい、ということだったので、このアプリだとチェックが容易で助かった。

 添削で気になったところは、元の文章にまったくストーリー性が無かったところだ。全体を短くまとめた代わりに、未来に向かって自分もこうしていきたい、というストーリーにしてみた。


 あと文章に関する駄文。


 私は文章に関して、専門の学校を出ているというわけではない。
 日常的に長文を書くわけでもない。ただ、独り言的に文字としてアウトプットすることは好きなので、Twitterでぶつぶつとポストはしている。

 昔から文章は先生にはよく褒められた。国語と、美術。それだけが私の取り柄だった。それ以外はすべてほぼ赤点。正真正銘のアホである。
 国語の方が美術よりは得意だったかもしれない。学生時代、絵でこれといった賞は取ったことはないが、夏休みの作文は、よく市報だよりのようなものに載っていた。

 私は、特に文章が好きというわけではない。最近は、ボケ防止のために意識的に本を読み始めたが、別に能動的に読んではいない。

 文章は、表現に関して言えばストレートなところが利点であり、欠点だと思っている。何かを表現し、伝えるには、私にとって逃げ場が無いというか、あまりに直接的なのだ。
 もちろん、全ての文章がそういうわけではない。詩なんかは、絵に近いものだろう。キャッチコピーも詩のような側面があると思う。私は、ゲームのキャッチコピーを集めたまとめのようなものを見るのが好きで、時々眺めては、短い言葉に込められたその意味合いの多さにワクワクするのだ。

 文章は書けない人にとっては中々難しいものであろうことは最近仕事でもプライベートでも実感することが多かった。
 私はTwitterの延長線のように軽い気持ちで長文のメールを打つが、大抵電話で話しませんか?というお返事を頂く。プライベートでは、よくこんな言いづらいことを詳しく書いてくれましたね、ありがとうございますと言われる。

 私は、電話は好きだ。ただ絶対に伝えるべきことがある場面では、どちらかというと苦手だ。ログが残らないから。

 目的がはっきりしている場合は、文章の方が言いたいことを言えて良い。要点だけをかいつまんでピックアップできるから、無駄が無い。くだけた相手の場合、修正も簡単だ。時間も電話に比べて、圧倒的に取られない……と思うのだが、どうやらこの意見は少数派の意見らしい。少なくとも私の周りでは。

 ここは文章の特徴であるストレートさが一番生きるところだとは思うのだが………

 今回は突然のDMで驚いたが、こうやってnoteを書くネタにはなったし、人からなにか頼まれることは嬉しいことなので良かった。

 では、また。


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